学園祭

※ルーキー学パロです
※ルーキー交換日記からの派生SSです
※10月の日記で色々と学園祭準備をしているので
そちらもお読み頂いた方が解り易いかもしれません（‘∀‘)

この学校の学園祭の開場時間は午前６時からである。
ともすると空に星が見えるぐらいまだ薄暗い。
どこの体育会系部活の朝練だというような時刻であるが、とにかく学校の敷地がだだっ広く、校内を回るのには並大抵ならぬ時間を要するであろうということを理由の一つにこの開始時間が定められている（パンフレットもなかなかに分厚い）。
従って、準備をする生徒達は来場者よりもまだ早い、５時頃から登校する必要があったが、誰一人として文句を申し立てることもなく元気に仕度を整えている。
開場時間がこんなにも早い一番の理由――
彼らはとかくお祭りごとが大好きなのだ。
さて、さわさわと来場者達が姿を見せ始めた。

■マーメイドカフェ■

「ほんっと天国だここ～～っ!!」
「みんな可愛いなァ――見ろよ、メダカみたいな小っちゃい子達もいるぞ」
「はァ～～この部屋の中だけ空気が麗しく感じる……」
「ううほんと幸せだ……！　ローさん有難うございます！」
ローはコンブスフレをスプーンですくい、機嫌良さそうに口に運んだ。
「いや……お前らがそんなに喜んで、来た甲斐があった」
「ねえねえリーダー、クマの人魚はいねェのかな」
「“人”魚だよ！　いねェよ！」
「あァけどやっぱあそこ、男子禁制の“女帝”の所の出し物ものぞいてみてェな～」
「死ぬぞお前バカだな♡」
「ここに来られたんだから充分さ！　ああ良い匂いだなァー、妖精ってこんな香り？」
泣き出さんばかりに幸せな表情を浮かべた10人ほどの仲間達を微笑ましい思いで眺め、ローは改めて店内を見回した。
学園祭が始まってからまだ一時間にも満たないというのに、カフェ内は早くも満員である。
更に次から次へと新しい客達（みな男性だ）がやって来ては、「すいません現在30分待ちです」と告げられ廊下の列に並び続けている。
「くあぁ～～っ、入れて良かったですねジャイロさん!!」
「大急ぎで来たもんな！　並ばねェで入れるなんて本当にラッキーちんだ！」
「憧れだった……本当に良かった……!!」
彼らの隣の席に座る一団など涙ぐんでいる程だ。
ローはフォークをメスのように持ち、ワカメブリュレにさくりと線を入れた。
確かに、ここのメニューは美味い。
「それにしたって――お前らそんなに嬉しいのか」
仲間達は一斉に、
「そりゃそうッスよォ!!　どうですかこの美人なウェイトレスさん達！　ここが天国っ！」
「おれここに住みたいぐらいです!!」
「本当にみんなおとぎ話のように可愛い!!」
「ローさんだって嬉しいんじゃないんですか？　なんかずっと機嫌よさそうですもん」
その言葉にローはフォークを置いた。
「――それは……」と少し溜めを作る。
そして、この角度なら子猫ちゃん達もメロメロだぜ！（※意訳）という表情を決めた。
「お前達の幸せそうな様子を見ているだけで、おれは最高に幸せだからさ……！」
「あ……あ、そうですか……」
仲間達はその一瞬だけ、素に戻った。

■魔術部■

「……お前、ムチャクチャ似合ってんなァ……」
アプーはしげしげと目の前に座るホーキンスを眺めた。
ハロウィンに合わせた飾りつけがされたブースの中に座るホーキンスは、ツノと羽根を生やし漆黒のローブをまとっている。
ツノや羽根は勿論飾りなのだが、この十年来の友人は以前からずっとこんなツノが生えていたのではないかと思えるほどに自然な姿だった。
事実アプーはたまたまここを通りかかりホーキンスに声をかけた時、彼が仮装をしていることにしばらく気が付かないでいたものだ。
「そうか。それは嬉しいことだ」
常人にとっては決して褒め言葉ではないアプーの評を――相変わらず少しも変化をしない表情であるがホーキンスが本当に喜んでいることを、アプーは彼の声――それも普段と変化のないもので、アプーだけが聴き取れる“音”だ――から知る。その声の“色”はとても澄んでいた。
魔術部の売り物であるマプー人形は、小さく可愛らしいこともありなかなか好調な売れ行きのようだ。
アプーはその一つを手にとってみる。
「これオラッチも買おっかな」
「欲しいのか。それならば無代で構わないが」
「良いって、お前らこれが部費になるんだろ？　ドレークやウルージの分も買っといてやろうかな。いくらだ？」
「100ベリーだ」
ごそごそとポケットを探っていたアプーは「えっ」と驚く。
視線を走らせ机上の値段表を見つけるが確かに100ベリーと記されていた。
「ずいぶん安いな！　それで儲け出んのか？」
「出る。材料費は不要だったからな」
……ああそういえば、この人形、お前の体のワラで作ったんだったな。
脳裏をよぎった考えを、とりあえずアプーは忘れることに決めた。

■魔術部―七武海■

ホーキンスが人形達と共に店番をしていると、その前を随分と大きな…巨大と言ってもいい体格の男が２人、通りがかった。
人間の顔や名前を殆ど覚えないホーキンスでも、その２人の事はさすがに知っていた。七武海のゲッコー・モリアとドンキホーテ・ドフラミンゴだ。
「どうしました、ホーキンス？」
ふとホーキンスの異変に気付いた人形が声をかける。ホーキンスの視線がモリアに…モリアにのみ注がれていた。
注目されることには慣れている七武海の２人も、あまりに強い視線にさすがに特別なものを感じて視線の方へと注意を向ける。
彼らは魔術部の店前をすぐにも通り過ぎる所であったが、わざわざ足を止め、視線の主へと向き直った。
「…何か用か、そこの小僧？」
「お前、可愛いな」
視線をモリアへと固定したまま、ホーキンスが静かに、しかしはっきりと言った。
「…ハァ！？」
「…フフフ！良かったなァモリア！可愛いとよ！フフフフフ！」
まるでなじみのない言葉にモリアは宇宙の真理について考えているような顔になり、ドフラミンゴは大笑いしている。
そんな２人を…正確にはモリア１人を、ホーキンスは相変わらずじっと見つめている。
「あァ面白ェこと聞いたぜ！フフフ！
　…なァお前、そんなにこいつが気にいったんなら、おれ達の人形劇を観に来いよ」
ドフラミンゴのポケットから、くしゃくしゃになったちらしが出てきた。
可愛いような不気味なようなイラストと共に、劇の開催場所と上演時間が記されている。
「にんぎょうげき？」
「こいつの大事な〝人形〟やぬいぐるみで、おれが『糸のない』人形劇をするのさ」
そう言ってドフラミンゴは、モリアの方を見やる。モリアもようやく宇宙の真理から抜け出したようで、不機嫌そうに答えた。
「おれのもん汚したり壊したりしたら殺すからな」
「フッフッフ！全くお前もいつまで人形遊びするつもりだ？」
２人のやり取りを聞いているのかいないのか、ホーキンスはぽつりと「人形…」と呟いた。視線はやはりモリアに向けられたままだ。
「ん？」
「お前も人形の友がいるのか」
「…ん？」
「おれにもいる。彼らがそうだ。挨拶をしたがっている」
ホーキンスは自分の隣に座っている人形達を手で示した。モリア達はその〝彼ら〟を見たが…モリアの〝影〟のある〝人形〟と違って、喋ったり動いたりする気配はまるでない。
「彼がホーエンハイム…そして彼女がヴィヴィアン…」
モリアとドフラミンゴは顔を見合わせた。ドフラミンゴが「さァて！」と声を上げる。
「そろそろ行くか！実はおれ達は遅刻中だしな！フッフッフ！」
じゃあな、と言って２人は立ち去って行った。２人を見送りながら、ホーキンスは隣の人形達に頷いた。
「そうだな…後で劇を観に行こう。その時に改めて挨拶をしたらいい」
遅刻中と言いつつもモリアとドフラミンゴは全く急いだ様子もなく、先ほどと変わらぬ足取りで目的の劇場へと歩を進めていた。
「おい、まだあそこにいても良かっただろうが。遅刻なんかどうでもいいしよ」
モリアが言うと、ドフラミンゴがちらりと後ろを振り返りながら言った。「あのイカレた野郎からさっさと離れてェだろうが」
「？イカレた野郎？？さっきの奴か？」
きょとんとしたモリアの様子に、ドフラミンゴは、「…何だお前、何とも思わなかったのか？」
「何とも？…まァ、そりゃ思ったぜ」
モリアは真面目くさった顔で答えた。
「あの人形は可愛くなかったなァ、おれの趣味じゃねェよ」

■キラーとネロとキッド■

「お前、それ目立ってるぞ」
「そうか？」
「センパイのオススメなんだから仕方ねェっしょ」
模擬店の並ぶ長い長い通りを、妙に注目を浴びる３人が歩いていた。
キッドとキラー、そして煌びやかな猫の仮装をした人物である。美しい模様の施された猫の仮面に、目をひく色合いの派手なローブを纏っている。
仮装したその人物は、色々あって今はキラー宅で世話になっており、また色々あって生活委員（特にロブ・ルッチ）の目に触れる訳にいかぬ為、変装をして学園祭に参加することとなったネロであった。
キラーの強い勧めでまとう事になったらしいその猫の衣装は、確かにカーニバルにでも行くのかといった装いであったのだが、しかしこの学校は外見の派手な人間が多い為、ネロの姿も意外に周囲に溶け込んでいた。
寧ろ度々周囲の注目を浴びているのは、前代未聞の問題児〝麦わら〟と並んで校内にその名を馳せているキッドであったのだが、本人は注目を浴びる原因はネロにあると思っていた。
キラーはキラーで、「よく似合ってる」と、猫の仮面を見て機嫌が良さそうだった。「まあ、センパイが気に入ってんなら、おれも構わねェッスけど」と、ネロもさして気にした風でもない。
「じゃあ、おれは空部の屋台へ行ってくる」
がさがさと大きな地図を見ながらキッドが言った。校内はそれはそれは広大なので、学園祭マップがないと、目当ての店へはなかなか辿り着けない。
「…嬉しそうだな、キッド」
キラーがキッドの顔をしげしげと見つめて言った。キッドは「ん？そうか？」と答えたが、その表情は――普段の彼の凶暴な笑顔と比べて、であるが――にこにことして明らかに機嫌が良さそうだった。
その原因にキラーはすぐ思い当った。「ああ、ワイパーか」キラーはまだ面識はなかったが、先日キッドが友人になったという空部のその人物を、キッドはいたく気に入っている様子であったのだ。キッドも頷いた。
「あいつ、この時間帯に店番やってるらしいんだよな。お前も来るか？」
「ワイパーに会ってみたいが、おれ達は海部のふれあいコーナーへ行く。この時間限定の生き物がいるらしいからな」
「そうか。じゃあ、また後でな。…おい、ネロ」
キッドがまたいつもの凶暴な表情に戻り、ネロに向き直った。
「また騒ぎ起こしたりするんじゃねェぞ…いや、お前は騒ぎを起こすんじゃなく、騒ぎに巻き込まれる方か？」
答えるネロの声は反抗的だ。「あんたに言われたくねェな、ブラックリストに載ってる問題児に」
「てめェも今じゃその仲間入りだろ。まァ今度じっくりその軽薄な根性叩き直してやるぜ」
「世話になってるセンパイならともかく、あんたに従う筋合いはないねェ、ユースタス」
仲が悪いという訳ではないのだが、どうもキッドとネロは反りが合わない。キッドはネロの事を、キラーのお気に入りでなけりゃ歯牙にもかけないと思っているし、ネロはキッドの事を、キラーの友達でなければ始末してやってもいいと思っている。つまりお互い相手の事をどうでもいいと思っていた。
「２人とも、その辺にしておけ…」
いつものようにキラーが２人の間に入った。
「せんぱ～い、ユースタスの奴がしつこいんスよ、戦闘の天才のおれに戦い方を教えてほしいって！」
「てめェがおれに教えて貰いてェんだろ？地べたへの這いつくばり方をな」
「お互い今度教えて貰え…それじゃあキッド、また後でな」
そうして３人は二方向へと分かれた…が、少しするとキッドが猛烈な勢いで馳せ戻ってきた。
「おいキラー！向こうでボンチャリの貸し出ししてるぜ！噂は本当だったらしい！」
血相を変えたキッドの言葉にキラーも同じく平静を失った様子で、「何だと、本当か！？」
確かに数メートル向こうへ行った所に、「ボンチャリ　９時より特別貸し出し（学園祭期間中のみ）」という看板を掛けた屋台があり、長蛇の列ができていた。
ボンチャリは普段、陸上歩行の困難な人魚のみが学内での使用を許されたものである。通常、人魚族が乗っているボンチャリは科学部が改良したブレスダイアルをとりつけたもので、ほとんど人力を必要とせずに移動ができるのだが、今回貸し出されているものは「ボンチャリ」の名に相応しくペダルを漕ぐ力を利用して動くものだった。
ふにふにとシャボンで進む乗り物は他の学生の憧れの的であり、キッドやキラーも例外ではなく、いつかあれに乗ってみたいと強く思っていたのだった。
そのボンチャリが、どうやら学園祭の時だけ特別に来場者全員に貸し出されるらしい…と、少し前から噂が流れていたのが、キッド達は半信半疑であった。
それだけにその噂が事実であったと解って喜びも倍増し、キッドとキラーは顔を見合わせ頷きった。「これは後で絶対に乗らねェとな…！」「ああ！」
そんな２人をよそに、ネロは至って冷静だ。
「ボンチャリねェ…興味はあるが、あんだけの列を見ると乗る気なくすっしょ」
「そうか！おれとキラーで乗るから何の問題もねェ！」
よほどテンションが上がっているらしく、キッドは輝く笑顔を見せていた。そのキッドの後ろに突然、恐ろしく長身の男が立っていた。
「おォ～～～…問題児のユースタス・キッドにキラーじゃねェかァ」
そのやわらかな声は、３人の身を固くさせた。男は、風紀委員の主任・黄猿であった。にこにことした柔和な笑顔とは裏腹に、その声にはあたたかい色の欠片もない。
「…何で、てめェがこんな所に…！」
「いやァ～～～ボンチャリはご覧の通り大人気だろう？だからわっしが監督者に任命されてねェ～～～…」
見上げるキッドの額に、黄猿はやさしく人差し指をおいた。顔には相変わらず、一見するとおだやかな笑みを浮かべている。
「学園祭での特例だからってスピード出しすぎたら取り締まるからねェ～～。
　わっしから逃げられると思うんじゃねェよォ～」

「ッハ～～～まさかあんなところに黄猿主任がいるとは…ビビったっしょ…」
「面識があったのか」
「生活委員だった頃にちょっと…いまだにあの笑顔には慣れねェッスよ…」
黄猿の脅しにも似た警告を受けた後、キラーとネロは予定通り海部のふれあいコーナーへと向かっていた。
仮面のせいで表情は解らないが、ネロは黄猿に対面して相当動揺したらしかった。
「それより急ごう…ふれあいコーナーも列が出来ているかもしれない」
こちらもマスクのせいで表情は解らないが、いつになくキラーは興奮していた。黄猿の事はもう既に忘れ去っているらしかった。
「そういや、この時間限定の生き物がいるんでしたっけ？何がいるんスか？」
「海ねこだ…！」
キラーは殆ど駆け足だ。人ごみの中を猛然とした速さで突っ切って行く。風の様な速さであったが、〝四式〟使いであるネロにとってはそれについて行く事は容易かった。
「うみねこ？あのウミネコッスか？」
「鳥ではない、海獣だ…上半身が猫、下半身が魚のな…砂の王国アラバスタでは神聖な生き物とされている」
「――センパイってほんっと猫好きッスねェ…」
ネロはまだ知らない。ネロ自身もキラーの中では猫寄りの存在として認識されている事を。

■空部■

空部の屋台で販売を担当しているワイパーを見て、キッドは大笑いした。
「ハハハハハ！お前、いねェ方がいいんじゃねェか！」
「うるせェな…！」
ドリンクを販売する空部の店は、なかなかに売れ行き好調の様だった。
かぼちゃジュースやりんごジュースなど、ジュースの種類は豊富だが、何といっても一番の売れ筋は空島特有の果実〝コナッシュ〟らしい。噂が噂を呼んでいるらしく、コナッシュを買い求める客の列が出来ていた。
しかし、――現在の販売担当はワイパーとコニスであるようだったのだが――客は全員コニスの側へと並び、ワイパーの前には一人として並ぶ者はいない。コニス一人が大忙しだ。
理由は一目瞭然だった。物腰も穏やかで、常に優しい笑顔のコニスと、まるで仇敵でも見るかのようにぎろりと客を睨みつける（元来こういう顔つきなのだ）ワイパー…誰でも前者を選ぶだろう…。
キッドと一緒になって、屋台の後ろでジュース作りを担当しているブラハムやゲンボウ、会計担当のラキも笑っていた。ワイパーは顔を赤くして彼らを怒鳴りつける。
「うるせェぞ、てめェら！キッド！お前も笑いに来ただけなら帰れ！」
「オイオイ、客に何て態度だよ。――コニスは解るが、何でお前が接客なんてやってんだ？」
まあ、接客する客はいねェが、とキッドは余計な一言を加えてワイパーの額に青筋を増やした。
「くじで決まったんだよ…！だから最後までやり遂げるしかねェだろうが」
キッドはワイパーのこういう所を気に入っている。ニッと笑って、不機嫌な表情のワイパーの目の前に、コインを一つ示してみせた。
「てめェの最初の客になってやるよ。コナッシュを一つくれ」
ワイパーは一瞬、目を見開き、それからまた仏頂面に戻って「ああ」と答えた。
「なってねェな、〝有難うございます〟だろ？」
そうだよワイパー、とラキも含み笑いをしながら頷いた。ワイパーは苦虫を噛み潰したような表情だ。キッドに乱暴にコナッシュを渡しながら、「ありがとう、ござい、ます…！」と、唸るような声を出した。
キッドが笑いながらコナッシュのストローに口をつけようとした時、「それを、私たちにも１つずつおくれ」キッドに続いて客が２人現れた。
キッドもワイパーも驚いて客を見る。が、キッドの驚きはワイパーのものとは違う種類のものだった。
「何でこっちは誰も並ばないのかね……あァお前、ワイパー、だね？おや、ユースタス・キッドもいるのかい」
「…何かしでかそうもんなら、学園祭じゃからと言って見逃しゃあせんぞ」
全く今日は当たり日だ――先ほどの黄猿に続き、こんな奴らにも出くわすとは。キッドはごくりとコナッシュを飲み込んだ。やはり美味い、キラー達にも勧めてやろう、と目の前の２人から視線を外さないまま考えた。
２人の客は風紀委員のトップ――主任の赤犬と、副主任のつるであった。周囲の客もどよめいている。
ワイパーはキッドとその２人を交互に見ながら、コナッシュを渡しつつ訝しそうにつるに尋ねた。
「…おれの名を知ってるのか？…あんた、誰だ？」
知らねェのか、と驚いてキッドは口を挟みかけたが、そこでふと気付いた。自分達の様なブラックリストに載る人間は、風紀委員の事はよく知っているが、ワイパー達の様な一般人はそうではないのだ。殊にワイパーを始めとする空部の人間は、他の人間より世間知らずなところがあった。
「風紀委員のつるってもんだ。校内の人間は全員、顔も名前も覚えてるよ。
　…サカズキは、ブラックリストに載ってる子達しか覚えないけどね」
「それで構やァせんでしょうが。…それよりおつるさん、わしゃァこういうもんより、煮えたぎった飲みもんの方が…」
「味も知らないで何言ってんだい、ほら、買ってあげたんだからお飲み」
目の前の光景に、キッドは驚きながら目をしばたたかせた。あの赤犬が、子供のように扱われている。
「…何じゃァ、ユースタス・キッド。随分あほ面じゃあないの」
赤犬が並の者なら固まってしまいそうな目つきを向けて来るが、コナッシュを飲みながらなのでどうにも間が抜けている。それはお互い様か、とキッドは自分もコナッシュを手にしている事を思い出した。
「サカズキ、休憩時間くらい気を抜きな。…おや、こいつはうまいね」
つるがワイパーににっこり笑いかけた。ワイパーははっとした様子で、「ありがとう、ござい、ます」とぎこちなく返した。
そんなワイパーの様子を見たキッドは、短時間で成長したもんだ、と我知らず笑っていた。あとは相変わらずの剣呑な表情をどうにかすればいいのだが。
「さて、じゃあそろそろ行こうかね」
赤犬、ワイパー、キッド、と順番に見てつるが言った。
「赤いのが３人も雁首揃えてたんじゃ暑っ苦しくてたまらない」

■アルバム写真■

ドレークを見送った後、人の列が途切れ一息ついた所を強烈な光に見舞われた。
「ファイア!!」
その光と同時に熱烈な掛け声も上がる。
「わっ――なんだよ、お前っ！」
パチパチと瞬きをするウルージの隣に座るアイサが身を乗り出す。
気付くといつの間にか屋台の正面にカメラを構えた男が立っていた。
「はいはい私は風紀委員写真部の者ですただいまアルバム用の写真撮影中です！　お二人ともとても良い笑顔でした――では失礼！」
はきはきと続けざまにこれだけ答えると、男はあっという間に人ごみの中へ消えていった。
「――」　ウルージもアイサも呆気に取られた。　「……何とも素早い男だな」
「うん……“声”が聞こえなかったわけじゃないけど、すぐそこに来るまでぜんぜん気付かなかったよ」
奥にいるカマキリも呟いた。　「タダモンじゃねェな……」
それにしても――
「今の者……以前にもどこかで――」
「ウルージ、しりあいだったの？」
「いや、初めて見る顔だったのだが……あの光と掛け声は……」
ひげを撫でながらウルージはしばし思案した。どこでだったか――いつだったか――
そして唐突に思い至る。
「――ああ」
ああ、なるほど――アイサのような一般生徒には、無論関わりの無いことだろう。
その写真を見た時も、ああ、恐らくあの時に撮られたのだなと思い返していたものだ。
――それは風紀委員のブラックリストに載せられた自身の写真を見た時だった。

■ドレークと青キジ■

両手に提げた袋の中のコナッシュやジュースがこぼれてしまわないように、来客や生徒がひしめく廊下をドレークは慎重に進んでいた。
学園祭らしい華やかで色とりどりの飾り付けの中の様々な人々、その中にふと、一際目立つひょろりとした長身の男の姿が目に入る。
「おっ、懲罰棟の悩殺ねーちゃんじゃないの。一人？　おれと回らない？」
「ん～～♡　だーめ、今お昼ごはんの買出し中。あっちにドミノちゃん待たせちゃってるもの」
「あららら、ざーんねーん。今度ヨロシク」
……。
目の前が白むのを感じ、ドレークは立ち止まった。
一瞬だけ目を閉じ、それから深呼吸をして、男に声をかけた。人違いであってくれれば良いのにと期待しながら。
「青キジ主任」
マイペースに３段アイスをなめながら男が振り返る。
左手には――買い物で手荷物が一杯になるであろうことを考慮し、ボンチャリと同じく学園祭の期間中特別に貸し出しが行われているボンバッグを持っており、その中身も全てアイスクリーム類であった。
「あららら――監督生のドレークか」　大きなキツネの耳のようなものが合体した黒い覆面をつけた顔を揺らして青キジは不思議そうに、「なんで判った？」
「そのマスクは人相が全く隠れていません。そして何より、主任殿は体格が目立ち判別は遠目からでも明らかです」
「くっそー、せっかく変装したのに。――なァ、他の二人いないよな？」
その長い体を折りたたむようにして青キジがドレークの前で屈み込む。
他の二人とは――赤犬、黄猿の主任二人に違いなく、恐らく青キジは身を隠しているつもりなのだろう。
一時間ほど前のことではあるが、赤犬は見回りに出かけたし、黄猿は「戦桃丸君にあげようっとォ～」と両手一杯に購入したお団子を抱えて出て行っていた（それに確か彼はボンチャリの貸し出しのお目付け役でもあったはずだ）。
「断言はできかねますが、少なくともこの校舎のこの階には両名ともおられないかと」
「あ、そう？　じゃあ安心して遊――あのね、おれ別にサボってる訳じゃないからね？　教師ったって学祭は楽しんで良い訳だし」
「さすがにナンパをするのはいかがと思いますが」
「良いじゃないの、かたいんだから全く。もうちょっと体と心の力抜かねェと歪んじまうぞ？　――で、お前は何してんの」
ドレークは両手を軽く動かし、袋を示す。
「自分は委員達への差し入れを買ってきた所です」
「へェ、監督生がそんなことしてんの？」
「もうじき演武本番ですので。下の者達はただでさえ酷く緊張しているので、それをほぐす為にも一息いれさせてやろうかと」
「ふーん、殊勝なことじゃねェの。ま、お前ら監督生も頑張んなさいや」　青キジはひらひらと手を振り歩き出した。　「サカズキ主任と会ってもおれのことは見てないって言っとくようになー」
口を開きかけたが、ドレークはそのまま返事をしなかった。
――それは約束しかねる。
首を振り振りドレークも再び歩き出した。
さて、ウルージ達が非常に美味いと賞していたこのジュース、少しでも委員達の気持ちを和らげてくれると嬉しいものだが。

■渡り廊下■

――おっかしいなァ……
アプーは人ごみの中をぶつからないように小走りに進みながら、何度も小電伝虫を鳴らしていた。
そろそろ風紀委員の演武が開始される時間なのでホーキンスを呼びに再び魔術部のブースへ向かったのだが、そこには既に彼の姿はなく、30分程前に交代時間になったと部員達に教えられた。
それなら先に空部のウルージの所へ行っているのかもしれない。
そう思い、先程からウルージの小電伝虫に何度もかけているのだが、一向に繋がる気配がなかった。
――ホーキンスならともかく、ウルージがこんだけ出ないって変だよな。
常日頃からメールも見ず電伝虫にも出ず、何の為にケータイを持っているのか解らないホーキンスに関してはアプーもハナから期待しておらず、一度コールをしたきりで後はウルージの方へと呼び出しをかけていた。
「おっ、スクラッチメンじゃねェか。もうすぐおれ達の演武だからヒマなら観にこいよ！」
「踊りだしたくなるような華麗な技を見せてやるぞ！」
「おっと急がねェとな、ブラザー。ヒナ嬢がお待ちだ！」
渡り廊下に差し掛かった所で、以前仲良くなった風紀委員の二人とすれ違い、アプーも「オラッチも２時から演奏やっからなー！」と手を振り返す。
そしてアプーは壁に寄りかかった。
このまま自分もウルージの所へ向かっても良いのだが、なにぶん非常に広大な校内である。
もしもどこかで二人と行き違いになった場合、捜し出すのは困難を極める。
先にもう運動場へ行っていようか？　しかし、二人が自分を待っていたらどうしよう。
――どうせケータイがあるしって思って細けェ待ち合わせ決めとかなかったのは失敗だったなァ。
小電伝虫をしまい、アプーはぽりぽりと頭をかいた。
さて、どうしようか。
アプーは腕を組み――
――こんな時こそホーキンス頼みだな……
占いだか何だかで自分の居場所を探し当ててくれることに望みをかけ、その場に留まることに決めたのだった。

■空部―受付交代■

「それでは部長、あとは任せた」
交代時間だ。
ウルージは引継ぎを済ませ、店の隣で待っていたホーキンスの許へ移動した。
一緒に店番をしていたアイサも「さっおひるごはんだよっ。早くラキ達のとこ行こう！」と会計担当であったカマキリの手を引き駆けて行っていた。
「……」
部長のエネルは眠そうな表情を隠そうともせず、大きなあくびを一つすると、沢山浮かした玉雲の上、右手で頭を支えた姿勢で寝転がった。売り場でこの態度、実に堂々としたものである。
大体のことには寛容であるウルージもさすがに……と思い、ジュース作りをしている顧問のガン・フォールに懸念の視線を投げかけた。
そんなウルージにガン・フォールは笑って、「よいよい、安心して行ってこい。この通り我輩もいるのである」
「そうです！」と元気な声が続けて響いた。ホーキンスがぴくりと反応をする。
「私達もいますので！　エネル様の分まで誠心誠意、力を尽くす所存であります！」
たかたかと机の上に集合をし敬礼のポーズを取っているのは、いつもエネルの供をしている４体のカラクリ兵達だ。彼らはとても真面目で人当たりも良いし、接客は大丈夫だろう。
「うむ、では私達は失礼させて貰おう」　ウルージは傍らのホーキンスを振り返った。　「アプーは今どこにいなさるのかな。連絡は？」
「連絡？」
ホーキンスは鸚鵡返しをし、やや首を傾げた。
「小電伝虫に連絡が来たりはしていないのか？」
やっと理解したようにホーキンスは、ああ、と呟いた。
「知らない。今日は家に置いてきている」
「そ――そうか」
ホーキンスの両手はローブの下に隠れているが確かに見た感じ明らかに手ぶらだ。小電伝虫はおろか財布も持っていないのではないかと思う。
元々ホーキンスはケータイに出ない男だと理解していたので、ウルージはすぐに気を取り直した。
「それでは私の方へかかってきているかもしれないな。もしくは私からアプーへかけても――」
服を探っていたウルージは、はたとその手を止めた。
「しまった……部室へ忘れてきてしまったようだ」
現在位置から空部の部室へは相当な距離がある。
今から部室へ戻っていたのでは、正午からの演武には間に合わないのではないか。
ウルージが急いた様子でホーキンスに説明をしていると――
「……アプーというのは……この間、部室へ一緒に来ていた男だな」
寝転がったままの部長が言葉を発した。
「あ……ああ、そうだが――」
「――北校舎の４階……電伝虫をかけながら移動している。誰かと話をしているな」
目を閉じたまま次々に言葉を紡ぐ部長にウルージは驚きの顔を向けていたがそれも数秒のことで、得心がいったように頷いた。ホーキンスは珍しいものを見るように彼を見つめている。
「渡り廊下――立ち止まったようだぞ――動かない――動かない……どうやらしばらくその場にいるようだ……また移動しだす前に、さっさと向かった方が良いんじゃあないか」
そう言って、両腕を枕に仰向けになる。
あとはもう何も言うつもりはないようだった。
「有難い――感謝する！」
言われた通りすぐさま歩き出しながら、ウルージは礼の言葉を伸べた。聞いているのかいないのか、部長はまたあくびをした。
「――エネルは……聞こえるのか」
共に足早に道を進みながらホーキンスが訊ねた。
「うむ……私も詳しくは知らぬが……命の気配としての“声”、これはアイサなども聞こえるのだが、部長はもう一つ、我々がこうして口に出している声も全て聞こえるようだ。この学校内、全ての声が」
歩きながらホーキンスはわずかに振り返り、遠ざかっていく彼を見つめた。
「……興味深い男だ」

■風紀委員演武■

どくん…どくん…どくん…
先ほどからローの耳には一つの音しか聞こえていない…
――…一体なんなんだこの音は…くそっ、うるせェな…ドレーク屋が出てきて喋ったりしても、これじゃ聞こえないじゃねェか…
「おいうるせェな、何だこの音…！」
「知らねーよ、てめェの心臓の音だろ！」
結構本気で憤るローに、ボニーが眉をしかめて答えた。それを聞いてローが、驚いた顔をする。
「…おれの…心臓…？……確かにそうだ！これはおれの心臓の音…！」
現在、ローの神経細胞や筋繊維に活動電位が生じていた。つまり、興奮していた。
彼は今、運動場のど真ん中で正座をしている。もうすぐこの場所で、風紀委員の演武が始まるのだ。ローは開始３０分前からこのベストポジションを陣取って待機していた。
両隣には、なぜか学園祭をローと一緒に回ることになっていたボニーとベッジがいる。本当は２人ともさっさと逃げ出したい所だったのだが、ローにしっかりと手を繋がれているので、なかなかその機会がないのだった。
「何でてめェと一緒に回らなきゃいけねーんだよ！」
２時間ほど前、唐突に現れたローに唐突に手を繋がれた時、ボニーはそう叫んだものだった。彼女はこういう行事に乗り気でないベッジに、学園祭の楽しみ方を教えてやるつもりだったのだ。ローと落ち合う約束など絶対にしていなかった。
ボニーやベッジの言葉や表情などまるで意に介さず、ローはさらりと言った。
「交換日記で言ってただろ？おれとカポネ屋のデートにジュエリー屋も一緒に来るって」
……そんな事は絶対に書いていなかった！
猛烈な勢いで異を唱えるボニーやベッジには全く取り合わず、ローはいつもの恐るべきマイペースぶりを見せ、機嫌良く２人に言ったのだ。しっかりと２人の手を握って。
「さあ、お前らどこへ行きたい？」

結局ローを振り払えず、当初ボニーが行こうと予定していた店（全て飲食店だ）を３人で仲良く回ってしまった。ベッジは明らかに不機嫌だ。そもそも最初から不機嫌だったのだが。反対に、ローだけは不気味なほどにご機嫌だった。
そうこうしている内に、ローが「時間だ」と呟き、２人が一体何の、と訊く間もなく、この運動場へと連れて来られていたのであった。
何が何やら解らぬ２人であったが、運動場の真中に設置された舞台と、そこにかけられた看板を見てようやく、ここが風紀委員の演武披露の場であると気付いたのであった。そういえばローは以前からこの演武に参加するドレークを、絶対に見学に行くと言っていた。
「うじゃうじゃ人が集まって来てやがんな…そんなに見てェのか？こんなもん」
ボニーが呟くと、ベッジが低く答えた。
「…風紀委員と敵対している人間にとっては、興味深いだろう。奴らの戦闘術をちらとでも拝めるんだからな」
「そうか？あんな奴ら、ウチは見たくもねェけどな」
そう吐き捨てるボニーの言葉に、ベッジは眉をあげた。奴らに何か特別な感情でもあるのか…？しかし追及する事はしなかった。何であれ、他人の事情に興味はない。
そんな２人のやり取りに挟まれて、ローは真顔で小刻みに震えている。
「ああ…あと５分だ…まずいな、落ち着かねェぞ…
　ドレーク屋が誕生日プレゼントでくれた、あいつの心臓の模型でも握っていよう…」
「気色悪ィからやめろバカ助!!」
そうしている間に、風紀委員の１人が壇上へと上り、簡潔な挨拶と、演武のプログラムを述べた。
それによると監督生であるドレークの出番は、演武の中ほどらしかった。
「ド、ドレーク屋の出番までそんなに待てるだろうか…いや待つが…
　カポネ屋…ジュエリー屋…おれの手をぎゅっと握っててくれ…!!」
ローが真面目な顔でうわごとを言っているが、ベッジもボニーも黙殺を決め込んだ。
いよいよ演武が始まった。最初は新入りや雑用担当の者たちの演武で、皆セーラー服を模した制服に身を包み、大きな太鼓の音に合わせて完璧に統制のとれた攻防の型を見せた。
「なァベッジ、今のよ、絶対新入りじゃねェ実力持った奴らいたよな？」
「あァ…妙なサングラスの奴とサックをつけた奴か。…見ないと言ってた割には見てるじゃねェか」
「うっせーな、いいだろ別に」
ベッジ達も〝風紀委員と敵対している人間〟であるので、自然とそれなりに力を入れて演武を見てしまう。
周りの大多数の観客もそれは同じであるらしく、今の型は、だとか、あれはガープ直伝の、といった声が聞こえてきていた。
そんな中ローだけは目の前の演武が意識にないらしく、ぶつぶつと自分の心拍数を数え、いつもにも増して不気味なオーラを全身から発していた。
ボニーとベッジは、（…逃げるなら今か!?）とアイコンタクトを交わしたが、如何せんまだ手を強く握られている為、機会を得られそうにもなかった。
そしてついに、「次は、監督生の演武です」とのアナウンスが流れた。
途端、ローは下がり気味だった顔を凄い勢いで上げ、視線をこれ以上ないほど正面に固定する。
その視線の中、規律正しい足並みで監督生達が壇上へと登場し、「整列！」号令で一糸乱れず一列に並んだ。
皆、純白のスーツに純白のコートという装いで、まばゆいばかりの威厳に包まれている。ドレークはちょうど正面の辺りに並んでいた。
「礼！」号令で監督生達が一斉に礼をした瞬間、ベッジは自分の左手…つまりローに握られていた手がぐいっと凄い勢いで引っ張られるのを感じた。ローが…驚くべきことに、自分の手を握ったまま猛烈な勢いで、小電伝虫でドレークを撮りまくっている。一体どうしたらそんな器用な芸当が出来るのか…ベッジは呆れるのを通り越して感心してしまった。
ローが撮影しまくっている中、演武が始まった。監督生達の演武には真剣が使われるようだ。皆、その手の剣を丁々発止と華麗に打ち合わせ、流石は監督生、これまでの演武とはまた違う迫力を見せている。
ボニーとベッジは、ふと気付いた…ローが静かだ。２人とも、ローの演武前の様子から、この調子では演武が始まるとどれだけ騒ぐやら…と思っていたのだ。
ちらと２人はローに視線を向けた…いつの間にかローは写真撮影ではなく動画撮影に切り替えていたようだ…そして…ローは…、――静かに泣いていた。
「………」
ベッジもボニーも、自分の精神が、波のようにざぁーーーっと音を立てて盛大に引いて行くのを感じた。ローの涙は次から次へとその頬を滝のように流れていっている。一体、こいつは何をこれほどまでに感動しているのだ。
２人とも目の前の異様な状況を解しかねる余り、自分たちの手を握るローの手の力が緩んでいる事にも気付かなかった。
そしていつの間にか演武が終了していて、監督生達はまた一切の乱れなく整然と並び、「礼！」と、最後の礼をした。その時だ。演武中、今の今まで一言も発さなかったローが、
「素敵だったぞ、ドレーク屋ァアアァアアッ!!!!!」
――あいつのあんな大声は初めて聞いた、とベッジとボニーは後に語った。
滅多に声を荒げることもなく、囁くように話すのが常であるローの、一体どこからあんな声が出てきたのか。その大音声は雷鳴の如く運動場中に響き渡った。
観客も風紀委員達も、呆気にとられて声の主を見つめている。壇上で、ドレーク一人が頭痛でも感じているかのように俯いて顔をしかめていた。よく見れば、その顔が紅潮していた事が解っただろう。
運動場が静寂に包まれる中、ローだけは一人、それはそれは満足しきった表情で正座していた。
そして、ベッジとボニーははっとして気付いた。
――結局、逃げられなかった！

■演武―舞台後方■

「…………今の声ってよ……」
「ローであったな……」
舞台から幾分遠い場所で、拍手の手を止めたアプーとウルージは思わずうめくような声を出した。
何とか演武開始には間に合ったものの、運動場に到着した時にはもう沢山の観客が場所を取っており、彼らは壇上から離れた場で観覧をすることになった。
大勢の人々の一番後ろでの立ち見となったが、アプーもウルージも背が大きいので視界に関しては特に問題はなかった。
ドレーク達の演武も無事に終わり友の勇姿に歓声をあげていると――
突如として轟く周囲の音と言う音全てをかき消す大音声――
しかもそれは非常によく知る人物の声で――
何なんだ今のは？――
「舞台の正面、一番前にトラファルガーが座っている。カポネとジュエリーも一緒だ」
硬直しているアプー達に、ウルージの肩に座るホーキンス（“降魔の相”の状態になるから構わないと言っていたのだが「周りが驚くだろ！」と止められた）が冷静に報告をする。
水を打ったような場内に静かに響くホーキンスの声にアプー達も少しだけ硬直がとける。
「え、ベッジ達も？　――あァ～……そういや日記でなんかそれらしきことを……」
「X・ドレークが俯いている。具合でも悪いのか」　ホーキンスの無感情な報告は壇上のドレークに移り、「……？　顔が赤いようだ」
「そりゃあ……恥ずかしいだろうよ、ドレークも……」
「うむ……いささか気の毒なぐらいだ」
「はずかしい……？」
顔をしかめたドレークの現在の心情を全く理解できないホーキンスは、しばらく首を傾げ続けていたのだった。

■生徒会■

「完熟」と書かれたシャツを着た男から受け取ったチラシにボニーはざっと目を通した。
もう片方の手には先ほど屋台で買った水水肉を持っている。
あまりに美味かったので思わずベッジにも一つやろうとしたのだが、手掴みで食べるような品の無い食べ物はいらんと一蹴されていた（そしてまたああだこうだと食事についての口論をした）。
「へェー。演劇だとよ、生徒会の」　最後の欠片を口に放り込み、指をなめながら傍らのベッジに尋ねる。　「興味あるか？」
「オペラなら観たいもんだがな――ただの劇だろう」
「ケッ、ほんっとお坊ちゃんだな全くよ。面白ェかもしんねーだろ？」
と言いつつ、まァウチも確実に途中で寝るけどよ、と結ぶ。
「えーと演目は……『アリババと百人の盗賊』」
ベッジが眉を上げる。
「……40人じゃなかったか？」
「だよな、やっぱ!?　――何で60人も増えてんだコレ？」
「さァな。よく百人も用意できたもんだ」
「あーそういやァうちの生徒会、やたら数多かったな」
ボニーは袋から新しく水水肉を取り出して齧り出した。と言っても非常に柔らかい肉でありゼリーのようにすぐに呑み込まれていく。
「うっめェなー！　ひゃっぱもう一袋買っとひゃ良かったぜ！」
「食べながら喋るな！」
「ほういや生徒会長って――七武海でもあるんだよな――よく演技指導する時間はんかはったな」
「食べながら喋るな！」
「うっせーな、やっとトラファルガーから逃げ出せたんだから思う存分食わせろってんだ！」
午前中も飲食店を散々回ってただろうが……ぶつくさ言うベッジの声は無視した。
「あ、生徒会といやァよ、校門の飾りつけ、あれも生徒会の奴ららしいぜ。看板の絵とか彫刻とかよ。凄かったよな」
ほお、とベッジはやっと興味を惹かれたように、「確かに凄かったな。芸術品だった」
「しかもたった二人でやったんだってよ、あれ。生徒会にも色んな奴がいるよなー」
「確か……カフェもやってるんだったか」
「そうそう！　そうだ、ウルージ達が前に日記で書いてたよな、うまかったって――ピザもあるって！」
「――おい!?」
ガッ！　と突然首根っこをボニーにつかまれ、ベッジは新しく吸おうと取り出していた葉巻を落としてしまった。
「行くぜ！　ちんたらすんなベッジ!!」
食に関しては尋常ならざる情熱を爆発させるボニーである。
抗議も怒声も意に介さず、ベッジを引きずりながら全速力で駆け出した。
演武終了のどさくさに紛れてやっとトラファルガーから逃げ出せたというのに――ベッジは何だか今日はずっと誰かに引きずられている気がした。
数分後、目当てのスパイダーズ・カフェに辿り着いたボニーとベッジであったが……
行儀作法にうるさくプライドの高いベッジが、道中のボニーの所業を許せよう筈もない。
結局カフェに入るまで、たっぷり30分は店の前で口論をし続けたのだった。

■昼食■

ドレーク達の入った店はバイキング形式であり、思い思いの料理を取り分けて席に戻ってきたのだったが、テーブルの上に築かれた料理の山を見てドレークは肝を潰した。
これから数十人がかりで大宴会でも開くのかと言う料理の量である。
いや４人でもこれ全部は食べきれないだろう――とドレークは言いかけたのだが、更に驚くべきことに、全員分ではなくこれは個々で食べる為の量のようであった。
確かに普段も一緒に昼食を食べる時など、この３人は相当な大食いであることが窺えていたのだが……
それにしても、だ。
「うはァこの海賊弁当うっめェなー！　あと５箱ぐらい取ってきときゃ良かった。まっ、また取りに行くか」
「空島特産果物添えのシーフードも素晴らしい」
「この魚は鼻がうまいな」
「スペシャルドリンクってのがあって美味そうだったんだけどよ、なんかレディー限定らしくて取ってこれなかったぜ」
――ジュエリーほどでは無いとはいえ……これほどだったとは……
大柄なウルージ、アプーはまだ良いとして、自分とあまり体格の変わらないホーキンスまでもが山のような料理を次々と平らげている光景に目を見張る。
そのホーキンスはホラー梨のタルトがいたく気に入ったようで20皿ほど食べ続けていたが、現在はエレファント・ホンマグロ丸々一匹分の骨をバリボリゴキンと音を立てながら噛み砕いている所だ。ツノと羽根を生やした男が頭から骨を丸かじりしている姿は非常に怖ろしいものがある。
「良いかお前達。魚を食べたら普通こういうものが残るんだ」
「何故？」
「いやドレーク、なんで骨残すんだよ、食うだろ普通！」
「そうだとも。コナッシュの皮ならともかく――普通料理を食べたら何も残らんだろう」
会話の間も次々と皿は空っぽになっていき――テーブルの上には皿の塔がそびえ立ち続けている。
「しっかしドレーク、そんだけで足りんのか？　いつも思ってたけどお前小食だよなァ。
　折角の学園祭なんだからもっと食えよ」
そうは言うが、演武で体を動かしかなりの空腹状態だったドレークはこれでも沢山の料理を取ってきたのだ。
そんなに運動もしてない筈のお前達の方が、どうしてそんなに食うんだ……
デザートのみかんの皮をむきながらドレークはひっそりと思った。
ああ、甘くて実にうまいみかんだ。
「そうだぞ、ドレーク屋。バーベキューという心躍るものもある」
――――。
一瞬ドレークはみかんのこと以外考えられなくなった。
「おや、ロー」
「うわトラファルガーなんでいるんだよ！　――さっき凄ェ目立ってたぞお前」
両手に５本ずつ金串を持ったローが彼らのテーブルのすぐ傍に立っていた。
「この水水肉の焼肉はお前達も食っといた方が良いぞ」　ローはもぐもぐと頬を膨らませながら、「なんでって……冷たいじゃねェか。おれに一人でメシを食えってのか？　カポネ屋達もどこかへ行っちまったし」
「え～……お前、仲間は？」
「子猫ちゃん達とは午前中に４時間ほどたっぷりとデートをしてな……現在は各自自由行動中なのさ」
「へェ……」
「トラファルガー。お前の席はないぞ」
拒絶の意味ではなく、単なる事実としての言葉をホーキンスが述べる。
なるほどあと一人分の椅子を置くぐらいのスペースはあるものの、卓上は既に皿の摩天楼に占拠されている。
それを見たローも頷いた。
「確かにな――じゃあユースタス屋達の所に行くかな」
言ってローはごくんと肉を呑み込んだ。気付けば10本の金串全てから肉が消えている。
そのまま背を向けて歩き出したので立ち去ったのかと思っていたのだが、すぐにまた身の丈よりも大きなパイを片手に持って戻ってきた。
「おいこのアップルパイ、リスちゃん達と一緒に作ったらしいぞ……！」
「なんかお前意外にそういうファンシーなの好きだよな……」
「もう少しここの料理を味わいたかったんだがな――」　再びローの頬袋がリスのように膨らむ。　「麦わら屋の仲間の店なんだろ。どこだかの国の秘伝のレシピに因るメニューってのもあるんだってよ。体作りに良いらしいからお前らも食っておくべきだな」
「ほォ、そんな料理があるのか」
「ああドレーク屋、お前にも必要だろ」
頬を膨らませたままローは真剣な表情でドレークを見つめ、
「――さっきのお前……本当に素敵だったぞ」
と言うと「それじゃあな」とパイの残りを食べながら今度こそ立ち去っていった。
先程の運動場での出来事が一気に脳裏にフラッシュバックされたドレークはまた顔をしかめていた。
アプーがふと気付いたように、
「けどあいつ、ユースタス達が今どこにいるか知ってんのか？　飲食店ってめちゃくちゃいっぱいあるだろ」
「まあ……あいつには体内に何らかのレーダーがあるようだからな……」
その後もドレークを除く３人はガンガン食べ続け――
バイキング料理といっても一定料金という訳ではなかったので、合計で45万ベリーだと言われた時ドレークは会計所で思い切りむせ返った。
心配すんなよ、冒険でいっぱい手に入れてんだから金なら平気だって！
と肩を叩かれたドレークは、そういうことじゃない……と呟いた。
お前ら良い食いっぷりだなァ、と、煙草をくわえたコックはニカッと笑っていた。

ちなみに45万ベリーの内、ドレークが食べたのは８千ベリーほどであった。

■昼食―spice　bean■

「メニュー、上から順番に１０皿ずつ追加だ」
「あ、あァ、ただいま！」
ネロは目の前の光景に、しばしフォークを動かす事を忘れていた。
大量の料理があっという間に次から次へと消えていく。見ている方が食欲を失くす程の量であったが、それをたいらげていくキッドは平然としたものだった。強いて変わった所をあげるなら、頬が膨らんでいるだけだ。
ネロの隣に座るキラーも、いつもと変わらぬ様子でキッドと同じように次々と料理をたいらげていく。器用にマスクの穴から麺類やスティックサラダなどを食べていた。心なしかマスクがいつもより膨らんでいる気すらする。
今、ネロたちの机の上には、夥しい数の皿（全て空だ）が要塞のように積み上げられていた。店員が皿を片付けるスピードも追いつかないのだ。新しい皿も、まるで手品のように中身が一瞬で消えてしまうという有様だ。
「…あんたらの胃はどうなってんだ…」
「んあ？何だって？…ネロ、お前、全然食ってねェな、腹でも痛ェのか？」
「充分食ってるっつーの…」
今自分は新種の手品でも見せられているのだろうか、とネロは考えた。いくら何でもこの食事の量とスピードは…。自分だって育ち盛りだし、それなりに食欲はある方だ。だが目の前の奴らの食欲は、最早そういう次元ではなかった。食い続けなければいけない呪いでも受けてるのか？気を取り直そうと、ネロはスープを一口飲んだ。その時、キッドの後方から騒がしい声が響いた。
「ごちほーはま！んまかった～～～!!次の店いくぞウソップ!!」
「おいちょっと待てよ、まだ金払ってねェよ!!」
その声は、キッドのよく知る声であった。後ろへ顔を向けようとしたその時、とてつもなくでかい弾力性のある袋の様なものが、キッドの後頭部を直撃し、その勢いでキッドの顔面はカレー皿へと突っ込まれた。皿の中身が残り少なかったのが幸いと言うべきか。
「ん？あっキッド！悪ィ悪ィ！」
そう言って声の主――〝麦わら〟は、ぱんぱんに膨らんだほっぺたを揺らしながら、嵐のように走り去って行った。どうやらキッドに直撃したのは彼の頬袋だったらしい。その後を、彼の仲間が慌てて追いかけていく。
それを見送ってから、ネロはカレー皿に埋もれたキッドを、キラーと共に見つめた。別に心配もしていなかったが、とりあえず形式通りの言葉をかけてみる。「…大丈夫か、ユースタス？」
内心ネロは、こりゃブチ切れるっしょ…と思っていたのだが、カレー皿からゆっくりと上げられたキッドの顔は、意外にも笑っていた。
「…ッたくあのバカ、何してやがんだ」
そう言いながら顔の汚れを払っている。どこか嬉しそうですらある。それを見たネロの感想は、――コワッ！の一言であった。
「キッド…メイクがとれてるぞ」
カルピスを飲みながら、キラーが落ち着き払って指摘した。確かに顔の汚れをぬぐった為に、キッドのアイメイクや口紅がとれている。
「ん？まァいいさ、後で直す」
「ユースタス屋の素顔なんて初めて見たな。別に見たいとも思ってなかったが」
いつの間にか、キラーのカルピスを、同じようにストローで一緒に飲んでいる者があった。
「だがやはり素顔の方がいいな…男が化粧する必要なんざねェからな」
ネロは知らなかったが、キッドとキラーはよく知る人物、トラファルガー・ローであった。
キッドの表情が、まるで悪魔の実よりもまずいものでも食ったかのように、強烈にしかめられる。
「去れ、この地より去れ、今すぐ去れ」
「命令するなと言っただろうが、いい加減覚えろ」
「てめェのツラ見てると飯がまずくなるんだよ」
「何の問題もねェな、おれはお前らを見てると飯がうまい」
「さっきの演武もあほな真似しやがって、発声練習なら河原でやってろ」
「何だお前らもいたのか、かっこよかったよな、ドレーク屋」
どことなく会話がかみあっていない。ネロはその闖入者に、そしてそいつとキッドのやり取りにやや面喰っていたが、キラーはいつもの事とでも言いたげに、変わらぬ様子でスパゲッティを食べている。
「あの、センパイ？いーんスか、こいつら止めなくて」ネロの問いを受けて、キラーはごくんとスパゲッティを飲み込んだ。「止めても止まらない」
キッドが頬を料理でぱんぱんに膨らましつつ、ローにフォークを突き付ける。「大体、何でてめェがここにいるんだ」
「それはさっきドレーク屋たちに話した。…ところでこのネコちゃんは？あァ、もしかして例の黒猫ちゃんか？」
唐突に話題が自分の事に及んだが、無関係を決め込んでデザートのプリンなどをつついていたネロは、一瞬誰の話だか解らなかった。代わりにキラーがそうだと頷いた。
「へェ、こいつがね…また今度素顔を拝ませてくれよ。…このオムライスうまいな」
「何勝手に食ってやがんだ、それはおれのだ！」
「いいじゃねェか、金は払う。オムライスの旗、一本だけか？もっと頼まねェのか？」
「あァ？この一本だけを残して倒さずに食うのがいいんだろうが」
「何言ってんだ、盛大に旗で飾って食った方がわくわくするだろうが」
「てめェが何言ってんだ、一本だ一本！」
「デコレートだデコレート！」
「わっかんねェ奴だな…！」
「解んねェのはお前だ！」
キッドとローは言いあいながら、料理を次から次へと消化していっていた。そのスピードはめまぐるしく、出てきた料理がネロの記憶に刻まれる前に消えていっていた。食うか喧嘩するかどっちかにしろよ…とネロはぼんやり思いつつ２人を眺めていたが、隣のキラーはのんびりと大盛りラーメンをすすっている。
――センパイを見習うしかねェっしょ…
ネロは〝指銃〟や〝鉄塊〟よりも先に、目の前の２人のやり取りを受け流す事を覚えた。

■音楽部■

「アプーさん達、今日は珍しいお召し物ですねー！」
「あァ、これオラッチ達の故郷の服なんだ」
「ああ～、そうなんですか！美しい服ですね～！」
「お前こそ今日は気合はいった格好してんな！王様みてェだ」
「ヨホホホホ！ええ、私、ソウルキングですからー！！」
音楽部の演奏まであと１０数分。会場である運動場には、先ほどの風紀委員演武の時よりも多くの人々が集まってきている。メンバー達は、設置された舞台の裏で、最後の打ち合わせをしていた。
といっても緊張している者も殆どおらず、演奏の流れを確認した後はお互いの衣装について談笑していた。特別な舞台なので、メンバー達も皆、特別な衣装を着て来る事になっていたのだった。
アプー率いるオンエアチームは、故郷の民族衣装を着てきていた。ブルック率いるルンバーチームのメンバーも、思い思いの衣装をまとっている。アプーが「コニスちゃんも珍しい服だよな」と言うと、「私も故郷の服なんですよ」とコニスが微笑んだ。
「へ～空島のか！オラッチのとちょっと似てるな、色とか花の模様とか」
「そうですね、お互いに美しいと感じるものが似ているのかもしれませんね」
そういえば、とコニスがマンボシとリュウボシににっこりと笑いかける。
「海の方のお洋服もとっても綺麗ですよね。私たちの空と皆さんの海ってとっても離れていますけど、　美しいと感じる気持ちは一緒なんですね」
「そう言って貰えると嬉しいぜ～～～!!フカボシ兄様が見たててくれたんだ～、なァリュウの兄上！」
「そうなのラシド～～～♪滅多にこういうのは着ないんだけどレミファソラシド～～～♬」
王子達は今日、きらびやかな着物をまとっていた。サンゴのようにやさしい色で、真珠のように美しく輝いている。
そこへ、最近音楽部へ入ったばかりのペローナがやってきた。堂々とした遅刻である。彼女は明るい朝や昼が苦手なのだ。いつもの事なのでメンバーもいつもの調子で迎えている。
「遅ェよ、ペローナ。…今日はまた一層ゴージャスだな」
「そうか？普段着はこんなもんだぞ」
ペローナはいくつも垂らした見事な縦ロールを払ってみせた。制服も派手な彼女だったが、〝普段着〟とやらも相当派手である。バラで飾られた大きなシルクハットに、フリルをふんだんにあしらったロングドレス…これからパーティーへ行くところにしか見えない。
そういえばペローナと一緒に暮らしているモリア達も、派手な制服を着ていた事をアプーは思い出した。
「お前らって派手だよなァ……そういや今日は観にくんのか？お前の保護者」
途端にペローナがきっと表情を険しくして、「こねーよ！モリア様は観にきてくんねーよ！解ってたけどよ!!一応誘ってみたけどやっぱり駄目だったよ!!!…あ～あ、モリア様…」
徐々にしょぼんとした様子になってきたペローナに、流石にアプーはまずい事を言ったと思い、とりあえずなだめにかかった。
「そーかそーか、そりゃ残念だな…でもよ、他の奴は？ホグホグだっけ？あとアブ何とか…」
「あの変態共は寧ろ来なくていいんだよ！ハナから私も誘ってねェし、モリア様があいつらに訊いたら来ねェって言ってたしな」
どーでもよさそうにペローナは言う。とにかくモリアに自分の歌を聴きに来て欲しかったようだった。それを察して、コニスや王子達がペローナを慰めている。
そうこうしている内に開場時間となった。皆で舞台へと向かいながら、それにしても、とアプーはメンバーを見渡して言う。
「オラッチのチームは結構衣装にまとまりあるけどよ…ルンバーはバラッバラだな。まァ出身も趣味もバラバラだからしょうがねェが」
「ヨホホホホホ！結構じゃありませんか、音楽に境界はない事のあらわれです！」

「それでは最初にお聴き下さい……僭越ながら！私ブルックのソロ曲！〝NEW　WORLD〟！！」
TDにまでなっているブルックの歌から始まった音楽部の演奏は、一曲ごとにこの上なく盛り上がった。まるで国を挙げてのお祭りであるかのような明るい賑々しさだ。
観客は曲が変わるごとに歓声をあげたり野次を飛ばしたり、踊ったり、一緒になって歌ったりと、全力で共に演奏を楽しんでいる。
いろんな観客がいた。普通の人間はもちろん、巨人も魚人も人魚も空の住人も動物もいた。壇上から見えるこの風景が、アプーはとても好きだった。ブルックの言ったとおり、音楽に境界はない。
あっという間に最後の曲目になり、ざわめく観客を静まらせて、アプーはマイクに向かっておごそかに言った。
「最後の曲は…『ビンクスの酒』！」
割れんばかりの歓声が運動場を埋め尽くした。古くから伝えられている歌で、この歌を愛している者は数多いのだ。この歌を知らない者でも、一度聴けばたちまち愛さずにはいられない、不思議な歌である。
最初の音を高らかに響かせようとしたその時、アプーの視界に映りこむものがあった――
何故気付かなかったのか、そいつは最初からそこにいたに違いない……
ステージの真ん前、最前列のど真ん中、まさに特等席に……
とても見覚えのある服…実に見覚えのある服…自分が今着ている故郷の服と同じものを着た奴がいる……
そいつはアプーにしっかりと目を合わせ、実に嬉しそうに笑い、「ほら！これこれ！」とでも言いたげに自らの服を指さしていて……
そしてそいつは……
――トラファルガー・ローであった。
「―――――――ッ!!!!!!」
アプーも強靭な精神力を持った男である。暴れだそうとする思考を見事に制御し、完璧なタイミングで演奏を開始した。そしてそのまま動揺などかけらも露にせず、極上の演奏を続けたのだが、しかし数分の間、心中での絶叫は抑えることができなかった。
――その服、全ッ然似合ってねーよトラファルガアアァアアアアアッ!!!!!

そろそろ閉場時刻の午後６時だ。
店を出していた生徒達も片づけを始めている。
何も出し物のなかったローはじゃあもう帰ろうかと、沢山のクマ風船を揺らしながら玄関を出た。
大量の風船に加え両手いっぱいの買い物袋、今日一日をこの上なく満喫したことがありありと見て取れる姿である。
自由行動をしていた仲間から送られてきた写メも満足そうに眺め、小電伝虫をしまった替わりにスケジュール帳を取り出す。
パラパラとページを繰り、本日の予定を上からチェックしていたローは――ああ、そうだ――と声を漏らした。
立ち止まったまましばし思案していたローはやがて、
「……まあ、やっぱりシメは明日の方がいいよな」
と誰も知らない呟きの声を出して笑顔で歩き始めた。
明日は今日出ていなかった店や催し物もあるようだから楽しみだ。

二日目に続く

えり・なじで手分けしてそれぞれの場面を書いたダイジェスト的なものでした。
もう既に結構な量ですが更に二日目に続いてしまいます…
ところでローが音楽部演奏の時に着てる服（黄色）は、アプーに誕生日プレゼントで貰った（設定の）ものです（こちら参照）

因みに一日目のローは↓こんな感じの過密スケジュールでした

11.10.28

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