お題２

涙で虹をつくろうか（しらほし姫とフカボシ王子）

「泣くのはおよし、しらほし。私たちがお歌を歌ってあげるから」
あの頃、わたくしが泣いてしまいそうになるたび、
お兄様たちは色々の方法でわたくしの涙をとりのぞいてくださいました。
それは底なしに明るいお歌であったり、どこまでも晴れやかな踊りであったり、
全ての善き物語であったりしました。
だからわたくしという存在は、そういうものでかたちづくられているのです。
お兄様たちのおやさしいお心のために、わたくしはいつだって遥かの空から降り注ぐ、あのまぶしい光の中にいるような心持で生きることができたのです。
それでもわたくしがお母様を思い、おおきな涙をこぼしてしまったある時、フカボシお兄様はおうつくしい眼差しで私をお見つめになり、それから静かにおっしゃいました。
「しらほしが泣くと私たちも悲しくなる。でも、しらほしのその心から落ちる涙はとてもうつくしいと思うよ。
　知ってるかい私たちのうたかた姫、
　海の上には虹だとかしゃぼん玉だとかいうとても輝かしいものがあるそうだ。
　お前の涙はそういううつくしいものになって、天上の母上様のもとへと届いているかもしれないね」
お兄様のお言葉はわたくしにとって肉体の一部、永遠の真実でありました。それからわたくしは涙をこぼしてしまうたび、この涙がどうかお母様をつつんでくださるものになりますようにとお祈りをしているのです。
だってここは海の底、地上よりも天上に遠いのです。空高くうかんでいけるものでなければ、お母様には触れられないでしょう。
あるとき、お兄様の涙を見ました。
〝あの日〟以来、お兄様たちの涙をこの目にしたことは一度もなかったのですが、それでもあのとき、フカボシお兄様は涙をこぼされたのです。
わたくしが何気なく、お母様のお話をしたときでした。お兄様も気づかぬ内に、涙がこぼれていたようでした。
まあ、お兄様の流される涙は花びらのようでとってもおやさしい。わたくしは思わずお兄様の頬をほろほろと流れる涙に全てを奪われてしまいました。
「お兄様の涙はおやさしいお花になって、お母様をつつんでいるのでしょうね」
わたくしの言葉にお兄様はぱちぱちと瞬きをされました。
それによって涙のかけらがうつくしくぽろぽろと払われました。
それからお兄様は、わたくしの大好きなやさしいお顔でお笑いになっておっしゃいました。
「…なら、色とりどりの花がいいな。
　しらほしの涙はきっと天上で虹になっているから、
　だから私の涙が花になるというのなら、
　お前の虹と同じように、色とりどりの花がいい」
その夜わたくしは夢をみました。あらゆるうつくしい色をした無限のお花が咲き誇る中、お空には虹が輝き、その下でお母様が笑っていらっしゃいました。太陽みたいに笑っていらっしゃいました。とうとい幸福の夢でした。

デーモンコール（少女とホーキンス）

わたし、川辺にノウゼンカズラをつみに行ってました。きれいな橙色の花がもう咲く頃だと知っていたからです。
お人形のリル・アンナもいっしょです。リル・アンナははちみつみたいな金の髪、たくさんのフリルが咲いた白いドレスを着た女の子で、わたしの一番のお友達なんです。
むこうのお空が燃えているようでした。夕暮れにはまだ早く、その明るさを不思議に思いもしたのですが、満開のノウゼンカズラの輝きのためかもしれない、と思いました。
そうだ、お母様にもこのお花をさしあげようと思いました。手折るためにお花の群れに手を伸ばしますと、お花の中から幻のようなひとがあらわれました。髪の長い男のひとでした。
橙色の洪水の中に、長い長い黄金の髪の毛を輝かせていたそのひとは、だまってわたしを見つめていました。
わたし、そのひとのこと、人間じゃない、って思いました。お花の中から突然あらわれたせいもありましたが、それよりも、何だかそのひとはこの世界に存在していない様に思われたからです。
そのひとは言いました。「今日、お前は死なない」暗い夜みたいな声でした。「だからおれはここへ来た」
そう言ってそのひとは、わたしをお人形のように抱き上げました。わたしのことを人間だって思ってないみたいでした。
そのひとに抱かれながら、そのひとがリル・アンナのような、きれいでまっしろのお洋服を着ていることに気付きました。それでわたしはなんだか安心したんです。
お人形みたいなそのひとは、わたしをお人形みたいに抱いたまま、森の近くまで歩いて行きました。そしてわたしをニワトコの木のところでおろしました。それから言いました。
「今日はここで眠れ。そうすればいつもと同じ朝がくる」
わたしはお母様と一緒のベッドで眠りたかったので、どうしてですかとそのひとにたずねたのですが、そのひとは黙ってわたしを見つめているだけでした。
お人形のようなその目を見ていると、このひとの言うとおりにしなくちゃいけないんだ、という気がしました。わたしがはい、と答えると、そのひとは静かに頷いて、お花の向こうへ消えました。それでわたしは昨日ニワトコの木の下でリル・アンナと一緒に眠ったんです。

海賊の襲撃にあった町で、ひとり無傷で発見された少女の話を聞き終わった海兵は、どう判断したものかと言いたげに、黙って傍らの同僚を見た。同僚は肩をすくめ、「〝魔術師〟ってのはそういう男だ」と呟いた。
町は業火にすっかりたいらげられたが、それでもいくらかの住人達は傷を負いながら何とか逃げ延びた。しかし全くの無傷であったのは、この幼い少女だけであった。
その姿を見た時、安心の余り泣き崩れたという少女の母親は、少女が話をしている間、ずっと娘をかたく抱きしめていた。
少女は人形を胸に抱き、夢見るようなあどけない笑顔で母親にたずねた。
「ねえお母様、あのひとは誰だったのでしょう？森の精？ブギーマン？それともわたしのお友達？」
母親は少女をいっそう強く抱いて言った。お忘れなさい、あなたは悪魔に出会ったの、と。

世界から外れたただ一人の男（ちいさなドフラミンゴ）

「何を楽しそうにへらへら笑ってやがる、ただの不幸なガキの癖に」
そう言ったのは、今おれの足元の泥水に転がっている男だ。
ふこう？おれは男の言葉について考えてみる。それは生まれてこのかたおれにはとてつもなく縁遠い言葉だった。
…しかしなるほど、おれは上から下までぼろきれに近い服を着ているし、服も体も汚れだらけ、髪だってぼさぼさの伸び放題、おまけにこんなごみ溜めと呼ばれる場所で暮らしているときている。
まともな暮らしをする、あるいは望む人間にとっては、「不幸なガキ」に映る姿かもしれない。だけどそんな事はおれにとってちっとも深刻な問題ではなく、おれはむしろこの生活を楽しんでいるのだった。
多くの場合、人間を地獄におとすのはその人間自身なのだ。自らを大胆に、かつ大袈裟に哀れな存在だと信じることで。
この男がいい例だった。自分の哀れな境遇(…と、こいつは信じていたのだろう)に我慢がならず、同じような境遇にあるおれが全く楽しそうに生きている姿が許せなかったらしい。
そしてその怒りをおれへの暴力へと変え、その結果返り討ちにあって泥水の中に転がっている。
…ばかな話だなあ！
気付くとおれは大口をあけて笑っていた。おれにとっては世界の出来事の半分以上が愉快で楽しい出来事なのだ。
転がった男の胸ポケットを探る。収穫は糸クズのみ。それすらもおれには愉快に思えて、思わず笑ってしまった。
男の唯一の自慢だと思われる、比較的上等なズボンのポケットの中からやっとまともな収穫を得られた。タバコだ！こいつはついている！しかも開けたばかりと見えて、箱の中にはまだ沢山詰まっているのだ！
おれはおれの「王国」へと帰り、早速その中の一本を取り出して火をつけた。火のにおいもタバコのにおいも好きだった。それはおれによく馴染み、殆どおれを育てるものの一部となっているからだ。おれは勢いよく煙を吐き出した。
「どうだよ相棒、この眺め？おれの王国を気に入ってくれたかい？」
空はまるで不幸なんてどこにもないかのように真っ青で、その下の木々は希望と喜びのような緑で、その下には棄てられた物たちからなるおれの「王国」が広がっていた。あちこち破れてどこもかしこも汚れた椅子は、おれの輝かしい王座だ。ひとがごみ溜めと呼ぶ場所にあっても、おれは紛れも無く王だった。おれ自身の王だった。
おれは自分の境遇が、いわゆる「くそったれ」なものである事をちゃんと知っていた。そのうえでおれはこう叫べるのだ、誰よりも上機嫌に、つけたばかりのタバコを片手に、おれの王座で。
「このくそったれな世界、万歳！」

違う景色を見ている（キラーとキッド）

その真っ赤な瞳に世界はどう映っている。
燃え上がる世界をその目に映しているのか。
それを知りたくてお前の瞳をのぞきこむと、
そこには真っ赤に燃え上がった自分が映るばかりだ。
お前は炎の器、時代が生んだひとつの火種、時代を燃やすひとつの烈火だ。
そうだ、確かにその目には、おれ達の目にあるものとは違うものが映っているのだ。
お前が今まで何を見てきたのかには興味はない。
何を見ているのか、何を見ていくのか。
それをどうか見せてくれ。
お前のうちの炎の輝きを見せてくれ。
おれ達は既にそのかけらを飲み込んでしまった。
あとは一緒に燃え上がるだけだろう。
笑いながらお前は王になる。
そしていつかその瞳の色と同じように、お前は世界を真っ赤に燃え上がらせるのだ。

ありふれた敵対関係（いつかのロジャー）

「おれは今まで乗り越えてきた全てのものに、敬意を払ってる。
　だから今からぶっとばすお前にだって、
　いつか敬意を抱く日が来るんだろう」

お題配布元：ヨルグのために

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