奪われていた雨が戻ってきた。この国の人々がずっと探していた雨が。雨を探して”答え”を探してたくさんの人々が傷ついた。その傷を癒す為に、雨は降り続ける。―――だが“彼”のしたことで    深く深く一番傷ついたのは、この国自身だった。“彼”の奪ったものは多く、そして大きすぎた。




 この国の歴史にしてみれば、まばたきをするよりも短い時間、しかし、決して歴史に刻まれることはない であろう戦いに関わった者達にとっては、長い一日が終わろうとしていた。
 “夢の町”に彼女はいた。喜びに溢れている人々を、まるで意に介していない様子で、降り注ぐ雨をその身 体にうけて、じっと立っていた。足元まである長い純白のコートは、ぐっしょりと雨を吸い泥で汚れていた。 また、そのコートには水の色とは明らかに違う赤い色が滲んでいたのだが、喜びに浮かれる人々には気付かれ ることもなく、あたりが暗くなってきたことでさほど目立ってはいなかった。彼女のことをもしも気にかけた 者がいたならば、その者から見れば、彼女はある建物を――この町で一番大きなカジノを見つめている様に見 えただろう。だがそれは、はたから見ればの話であり、その実彼女の瞳には何も映ってはいなかった。
 ただ彼女は考えていた。少しの間。数年間、あの最後の作戦が決行された、今朝の7時まで、彼女と、彼の 家であったあの建物のことを。
 今回の戦いの首謀者が経営していたカジノということで、何の関係もない従業員達も海軍に調べをうけるだ ろう。早ければ明日にでも。
 何て、とばっちり。
 彼女は苦笑した。けれど、次の瞬間には、この場を立ち去ろうと踵を返した。
 あそこにはもう、興味がない。彼女は、興味のあるモノには刹那程にしか興味を示さず、長い間それひとつ のことに執着している質ではなかったので、あの建物のことも、数時間前まで胸中にあった歴史の本文にも、 未練はなかった。
 最後の場所へと彼女は向かった。
  

 一晩たち、彼女が彼からうけた傷は、完全とまではいかないが歩くのにはほぼ支障がないほどまでに回復し た。けれど、歩く度にズキズキと傷む。それでも彼女は歩いた。この傷を負わせた、“彼”のところへと。
 彼が今いる場所なら知っている。彼女の大嫌いな、そして彼があの作戦の為に踏み台としていた、“政府” の船の中だ。他の誰かから見れば、彼女の行動は不可思議で理解、ましてや同意などできるものではない。
もっとも、彼女は賛同者など必要とはしていなかったが。そして、彼女の目的は“船”ではなくあくまで“彼” 唯一人であった。


 ざっと見ただけでも五十を軽くこえる船が、彼女の視界を塞いだ。船と船の間の僅かな隙間から見える海は 穏やかで、波も殆ど立ってはいなかった。海軍がいた。船の間に見張りだと思しき人間が一人ずつ点々といる。
この人数の少なさの理由は、“首都”にまだ滞在していると考えられるとある海賊の一味や、あの組織の残党 を探す為だとか、今回の戦いで被害をうけたか弱き民衆を援助する為などであったが、そのことは彼女には間 係なかったし、興味もなかった。
 岩場の陰から彼女は船の前に立つ海軍の男を見た。
 見張りに気付かれずにあの船の内部へと入ることなど彼女にとっては呼吸をするのと同じぐらいに容易なこ とだったし、それは今の様に深手を負っている状態でも確実にできると彼女はわかっており、そして実行した。
ごくごく簡単な方法を。
 彼女は一歩二歩と歩き出し、右手と左手を胸の前で交差させた。
 その瞬間、
男の被っていた帽子が、本来あるべき場所からふわっと浮き上がり、10mは離れた船と船の間の海へと落ち ていった。
 本当は、男を気絶させる方が単純で、時間もかからないのだが、彼女はあえてそれをしなかった。
 船の前から見張りはいなくなり、そして彼女は船内に悠然と足を踏みいれた。自分が政府に二十年追われ続 けている賞金首であり今回の戦いの首謀の一人であり、海軍に見つかれば忽ち捕えられてしまう立場であると いうことを懸念する様子など微塵もなく、それがごく自然なことでもあるかのように、足音を響かせながら、 彼女は廊下を進んだ。
 彼女はこの船の中へ入ったのは勿論初めてで、“彼”がいる場所など知るわけもなく、また知る術もなかっ たのだが、しかし彼女は歩き続けた。迷うことなく。
 何度目かの角を曲がり、階段を一つ上った彼女は、ひとつの“部屋”の前で歩みを止めた。
 その時、初めて彼女は逡巡した様子を見せた。が、すぐに扉に手を当て、ゆっくりと前へ押した。


 そこに、“彼”はいた。


 幾重にもなる檻の中で、静かに、本当に静かに、ただ居た。
 そして彼女が入ってきたことを驚きもせず、むしろそれは当たり前の、予期していた事かの様に、ゆっくり と顔を上げ、彼女を真っ向から見据えた。
 同じ様に彼女も彼の眼を見、優雅な仕草で腕を組んだ。それは、あの組織においての、一種の礼儀の様なも のだった。もっとも、今それは精一杯の虚勢にすぎなかったのかもしれないが。
「Mr.0」
 あの組織にいた時でも、殆ど呼んだことのなかった“名”で、あえて彼を呼んだ。
「…よぉ…元気そうで何よりだ。ミス・オールサンデー」
 彼の方もあの組織においての彼女の“名”で、彼女のことを呼んだ。
 自分を殺しにきたかもしれない者をまえにいているとは思えない、落ち着いた声で。
 そればかりかその声は笑っている様にさえ聞こえた。
 自分でも何故だか判らないが、それを聞いて彼女はフッと笑みを浮かべてしまった。変わらない彼が嬉しかっ たのかもしれない。
「Mr.0」再度、彼の“名”を呼ぶ。「貴方らしくないわね」
「ハッ…らしくねえか」
「ええ。こんな所にいるなんて…とても貴方とは思えない」
 その言葉を聞き、彼は笑った。
「クハハハ……そういうてめェは何だ。こんな所にわざわざ来るなんざ、それこそお前らしくないぜ」
「貴方を殺す為にわざわざ来た…っていうのはどうかしら?」
 この状況下で最も当然である彼女の言葉を、彼はせせら笑った。
「フン…ハナからそんな気はねぇだろう」
 それに。と彼は付け加える。
「てめェにおれは殺せねえさ、ミス・オールサンデー」
 全てを見透かすような眼で彼は言った。
 否定とも肯定ともとれる一瞬の沈黙のあと、彼女は口を開いた。
「それは……それは、貴方にも言えることでしょう、Mr.0」
「ハハ…それはお前がポーネグリフを読めたからだ。だが、今となっては関係のないことだ」
「じゃあどうして私は今ここに、貴方の目の前にこうして生きているのかしら?昨日、貴方に殺されようと  したのに」
 初めて彼の顔から、笑いが消え去った。
「……………何が言いたい」
「そんな事は貴方が一番わかっているでしょう。……Mr.0」
 ―――途端、空気が変わった。
 彼も彼女も、もう笑ってはおらず、冷然とした顔で互いを見ている。
 水を打ったような静けさのなか、二人は決して視線をそらさないでいた。
「Mr.0」先に彼女の声が戻った。「こんな所にいるのは貴方らしくない」
 彼女は続ける。
「とても貴方らしくないわ。だから」
 少し言葉を区切り、そして言った。
「貴方を迎えに来たの」
 自分でも何を言っているのだろうと思う。頭がおかしいと思われても仕方のないことを、彼女は言っている。
 自分を殺そうとした人間にこんなことを言うなんて。
こんなことを言う理由を彼女は自分でも知ってはいたが、わからないふりをした。
そんな馬鹿げたことを認めるわけにはいかなかったので。
 彼女は彼の答えを待った。その答えはもうわかっていたけれど、それでも彼女は“彼からの”答えを待った。
 そして彼は短く答えた。
「おれはここにいる」
 予想していた答えだったし、彼の性格を彼女は知っていたので、その理由を問い質そうとは思わなかった。
「そう…残念」
 彼女も短く答え、彼に背を向けて歩き始めた。そのあとを追う様にして、彼が言葉を発した。
「おれより他の連中の所へ行ったらどうなんだ。可愛い部下共が檻の中で泣いてるぜ。」
「あら…貴方が他人のことを気にするの?」
 彼女は再び扉に手を当てた。今度は会う為でなく、別れる為に。
「おれにも余裕ができたんだ。もう目的がないからな。」
「…私はこれからを見ているわ。どうなろうと、ずっと。」
  
それが私の罪に対する、罰。

 ゆっくりと扉が閉められていく。最後まで二人は視線を外そうとはしなかった。
「さようなら。サー・クロコダイル」
 扉が完全に閉められた。
「幸運を。ニコ・ロビン」
 こうして、彼と彼女の短すぎる再会は終わった。




 “夢の町”のすぐ側の砂漠を彼女は歩いていた。
 たくさんの人々の大きな声が耳に入ってきたが、彼女にとってそれはもう雑音ですらなくなっていた。うる さいとも思わない。何の感情も沸いてこなかった。
 この人々の声の中には、“彼”に対する非難や罵倒の言葉も多く混じっているだろう。彼はそれらの声を聞 き、どう思うだろう。やはり何も感じないだろうか。彼女は思った。
―――いや、彼は嗤うだろう。自分に向けられる“怒り”も“憎しみ”も“信頼”も、その全てを嗤うだろう。
彼はそういう男だ。
 彼女のこれまでの人生は、ひどいものだった。
 この世界に生まれてからずっと。それら全てのものが、今の“彼女”という人物を作り上げた。
 独りである自分を哀しいと思ったこともなかったし、むしろひとりではない周りの者達の方こそおかしいと、 幼いころから彼女はそう考えていた。
 だが、“彼”の側を離れてみて、彼女は気付かされた。彼といた世界は、心地好いものであったことに。
彼の方はどうだか知らないが、彼女は楽しかった。それに、彼と共に過ごした四年という時間は、なかなか刺 激的なものでもあったし。

   これからどこで私は生きよう。自分を死なせてくれなかった、あのボウヤの所へでも向かおうか。  

 ふと、彼女は花を見つけた。
 こんな砂漠に―――こんな、雨を奪われていた国の砂漠に、よくそんなに元気に花をつけれたものだと思え る程しっかりと咲いた赤い花を。しかも、たった一輪で。珍しく彼女は、その花が何という名前の花なのか知 らなかった。が、素直に綺麗だと感じた。
 ―――私のような花だ。
 こんな所にひとりで咲いて。いつもの様に笑ったつもりだったが、それはもう乾いたものでしかなくなって いた。
 そして、生まれて初めて彼女は思った。
 







 ああ、寒いほどひとりぼっちだ、と。                   








☆なじ☆
社長とルフィの闘いが終った時すでに日暮れだったのにこんな短時間でアルバーナからレインベースまで戻れるのかとか、
いくらなんでも海軍の数少なすぎとか、つーか扉に鍵かかってないじゃんとか、
ツッコミ所満載☆なツジツマの合わない話ですが、完全趣味な妄想ですので暖かい眼でサラっと流して下さい…。
あとあの、どうしても使いたかったんで使っちゃったんですがラストの文章は昔見た本の科白ですすんません!



小説TOP