ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。








カタン、と、聞き慣れた音が外から聞こえ、Mr.5は雑誌から顔を上げた。
静かな場を好む彼の性格柄、音楽等はかけておらず、室内にはただザ―ッというくぐもったようなシャワーの音だけが響いている。
壁にかかった時計に目をやると、PM8:00。
これからひとねむりしようと思っていた所だったが、仕様が無い。任務最優先。
ソファーから腰をあげ、"彼ら"が届けに来たものを受け取りにいった。
今夜は月が満ち足りている。
アンラッキーズボックスを覗き込むと、指令状がひとつ。丸められていたそれを広げ、月明かりに透かして内容を確認した。
今回の任務は『暗殺』。
盗みだの諜報だのの仕事が苦手なMr.5には有難い任務だった。ただ、ゴミを掃除すればいいだけの、実に簡単な任務。
指令状片手にパートナーを呼びに家の中へと戻ると、ちょうどそのミス・バレンタインがシャワーを浴び終えて出てきたところだった。
「あ、Mr.5、どうしたの?何か来てたの?」
バスタオル一枚だけを纏い、白い肌を露わにしている彼女を見てMr.5は眉をしかめ、顔を背けた。
そんなMr.5の行動を不思議に思い、すぐにその原因が今現在の自分の格好にあると判った彼女は、首を傾げて笑った。
「見てもいいのに」
「……もう少し慎みを持て、ミス・バレンタイン」
Mr.5はため息をつき指令状をテーブルに置いた。
「任務だ。すぐに行くぞ」
「え!?うそ、シャワー浴びたばっかりなのに!」
慌てる彼女を余所に、Mr.5はさっさとコートを取りに二階へと向かった。途中彼女のほうは見ずに、言った。
「任務完了推定時刻は今日の24時。嫌ならおれだけで行くが」
「ちょ…待ってMr.5!私も行くから!」
何よりも彼において行かれることがキライな彼女はそう答えた。



今夜は月が満ち足りている。
荒野を歩く彼らのすぐ上に、オレンジのラインがはいった満月ひとつ。
ミス・バレンタインは満月をくるくる回した。月光が反射する。
「夜のお散歩っていいわよね、Mr.5」
「別に」
これから人をひとり消しにいくというのにとても楽しそうなミス・バレンタインは、
Mr.5の素っ気無い態度にいかにも彼の言葉が不満、というように頬を膨らませた。
「楽しいじゃないの、月はでてるし。キャハハ、きれーい」
見渡す限り木も水も無く、ごつごつとした高い岩だけが遥かに続く不毛の地。
その岩のひとつにミス・バレンタインはふわりと飛び乗った。
より月が近づく。彼女はその青い眼に月を映した。
「ねえ、Mr.5」
岩の上をふわふわと渡り歩きながら、パートナーに問い掛ける。いつもの笑みを、顔に浮かべて。
「時々、全てに謝りたくなることってなぁい?」
「謝る?」
パートナーは問い返した。
「…殺してる奴らとかに、ってことか?」
「あ、それはないわ。一回もない」
だって、別にそれが悪いことだなんて思わないし。
言いながら彼女は彼のもとへと、降りてきた。
「そうだな」
「ひとがひとを殺すなんて、当たり前のことじゃないのねーぇ?」
彼女は笑った。神さまだって、自分だけの為にひとをたくさんコロシテル。
生きる為に他者を犠牲にする。強者だけが生き残る。幾千年も前からの、ひとの営み。
「死にたくなければ、自分が強くなればイイだけの話だし」
「ああ」
"ここ"にいる者たちは、そうしてみんな生きてきた。だから、今生きて存在している。
相変わらず笑いながら、ミス・バレンタインは呟いた。
「私、別に誕生させてって頼んだんじゃないのに。生まれさせられただけ」

こんな世界でどうやって生きろというの?


荒野の外れの古びた鉄筋のニ階建て。少しの足音もたてずに――気配を殺すのはもうクセの様なものだった――赤錆びた螺旋階段を上りながらMr.5は尋ねた。
「おまえは何に罪を感じているんだ、ミス・バレンタイン」
その足音とは裏腹に、まったく声を潜めずに彼は言った。
標的である人間がいったいなんの理由で殺されるのかは知らないが、唯確実なのは「彼」があと数分もしないうちにその生を終えるということ。
だから、声を聞かれようが、その声を聞いて「彼」が逃げ出そうが武器を構えようが、関係のないことだ。
「え?――ああ、さっきの?あれは…」
彼が扉の前で足を止めたのをみて、彼女もそれに倣う。
錆びて朽ちかけた扉にMr.5は手を当てた。
――ここも直に朽ち果てるだろう。
家という人造物は、そこに住む者がいないとその存在の意味を成さない。まして、こんな老朽化したものには存在意義などない。
「…なんでもないの!気にしないで、Mr.5」
彼女は笑った。
軋んだ音を立てて、扉が開かれた。


爆発音が夜の荒野に響いた。

今日、ここでひとりの男が死んだ。
たまたま男を訪ねて来ていた、彼の友人と共に。
ふたりとも、自身の骨ひとつ残さずに、世界からその存在を消した。
まだ煙が立ちこめているなかで、ミス・バレンタインが笑った。
「キャハハハ、バカな男!」
他人を庇って、自分も死ぬなんて。
トモダチなど見捨てて、さっさと逃げれば少しでも多く生き延びれたものを。結果、標的であった男よりも先に、死ぬことになってしまった。
「任務の邪魔をするものは、誰であろうと消す」
ここへ来た時そのままの、少しも変わらない表情で、彼は言い放つ。
「あら?」
そろそろ煙もはれてきたという時に、部屋の隅にあった存在にミス・バレンタインは気付いた。
「鳥だわ」
机とイスのほかには何も置いていないこの部屋に、鳥篭があった。
もっとも、そのなかに入れられているものは、もうじきに主人のあとを追うことになりそうだったが。
あの男がろくに世話もしてなかったのだろう。
その鳥は酷く弱っていたのだ。
彼女は鳥篭を覗き込んだ。
「・・・ミス・バレンタイン?」
出口に立った彼はパートナーを呼ぶ。 起き上がることすらままならず、震えながら倒れているその小さな鳥を、彼女は見つめている。
空を飛ぶことも忘れたまま、籠の中で冷たくなっていく小鳥たち。
「キャハハ」
彼女は笑った。
笑いながら、こう言った。
「所詮、私もこういう運命」
彼女は笑った。
ずっとずっと、笑いつづけた。












生まれてきちゃって、ごめんなさい。













☆なじ☆
今回も本や歌詞などからちょろっと引用させて頂いた文章が幾つかありますごめんなすって!
私はどうもB・Wの皆さんには明るい過去のイメージがないくさいです。


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