「…ゲ。なんだよミュレ風呂入んのかよ?」 「アンタこそもしかして今からお風呂なワケ?」 扉の前で鉢合わせをしたリヴァーズとミュレは、お互いうんざりしたように相手を見た。リヴァーズよりも一瞬早くのばされたミュレの手は、しっかりとノブをつかんでいて順番を譲ろうという気配は全く見えなかった。 だからさっさと風呂に来たかったのに。リヴァーズは舌打ちした。大体エディがいけないのだ。ちょっと航海日誌にマジックで落書きしただけで30分も説教して。おかげで一番最初に風呂に入れなくなってしまったではないか。 ずっと正座させられていた所為ですっかりしびれてしまった足の爪先をとんとんと床に打ちつけながら、リヴァーズは心の中でエディを罵った。 この船には風呂はひとつしかない。 その週の当番の者が夕食の2時間ほど前から古い湯を捨てて浴槽を洗い、新しい水を張って湯を沸かし始める。 入浴する順番はとくに決まってはいない為、それから好きなように船員が交代で入り、夕食の時間までにはもう殆どの船員が入浴することになる。夕食の時間までに入らなかった者は食事後の入浴だ。 「なァお前入るのあとにしてくんねェか?」 「イヤよ、アンタこそあとから入りなさいよ」 「やなこった、キッタねェ」 一度リヴァーズは、もうすっかりみんなが寝静まった夜中に風呂に入ったことがあった。 その日はサーキースと酒を飲みながら賭けポーカーをやっていて、いつの間にかふたりとも眠ってしまい気がついた時には時計の針は既に2時を回っていた。 普段ならそのまま眠ってしまっても良かった。しかし、その日の昼間はそこそこ名の知れた海賊団相手に船員総出での”ケンカ”をやったので大分体が汚くなっていた。 汗臭いまま寝るなんて冗談じゃない。眠気と酒の所為でボーッとする頭を引き摺りながら風呂場のドアをあけたリヴァーズは、今日は風呂に入るのはやめようと思った。 何しろ11人もの船員が入ったあとなので、湯がかなり汚くなっていたのだ。すっかり温度の冷めきった湯の中を、小さいゴミなんかの汚れがぷわぷわと漂っていた。 結局その日はシャワーで頭と体をざっと流しただけで、それ以来リヴァーズは誰よりも早く風呂に入ることに決めていた。 「汚くないわよ失礼ね。それに、10分ぐらい待ってればすむことなんだから」 「冗談抜かせ何が10分だ。お前いっつも30分は風呂から出てこねェじゃんよ」 「仕方ないでしょ女は男と違って髪の手入れとか色々あるんだから」 「知るかよ、とにかくおれは一番に風呂に入りてェんだよ」 「それこそ知らないわよ」 堂堂巡りで埒があかない。 ミュレは、もういいでしょ、という風に首を小さく左右に振るとノブを回してドアを開けた。 「あ、オイ、ミュレ――!」 「あれミュレどうしたの?まだ入ってないの?」 「あら…リヴァーズとミュレ何してるの?仲良し」 高く明るい声と、少し低い落ちついた声がミュレの背後からとんできた。 「別に仲良くなんてしてないわよ、マニ」 大げさに眉を困らせてみせて、ミュレは笑った。 これがエディやサーキースの言ったことならリヴァーズも、嫌味かとか大きなお世話だとか言い返すところだが、マニのこういう言葉の裏には皮肉も悪意も何もない。彼女には少し天然なところがある。 「マニさーん、ミュレがいじわるして風呂に入らせてくんねェのー」 それでなくてもマニの言う事は何でも素直に聞き入れるリヴァーズだ。 「仲良し」といわれたことに特に何も反論せずにマニに話しかけた。さっきまでとは打って変わった表情で、不満を言いながらも口元はにっこりさせている。 「なぁに言ってんのよ。どーせあんたの方がミュレを困らせてたんでしょ?あたし達一緒に入るんだからどっかそのへんで遊んでてよね」 着替えを持っていない右手の方で、リリーはしっしっと追い払うマネをした。リヴァーズは目をしばたたかせた。 「あ?何、お前ら3人で入んのかよ…ってそれじゃ余計に時間かかるんじゃねェのか!?」 「あったりまえでしょ?いいからさっさとどっか行って」 「ちょっと待てよリリー、おれだってなァ…」 「ごめんね、リヴァーズ。でもホラ、私達もう着替え持ってきてるしミュレは髪ほどいちゃってるし…今回だけ、我慢してくれない?」 途端にリヴァーズは「わかったよ」と言い、子どものような表情を見せた。 「マニさんがそう言うなら、しょーがねェもんな」 「…アンタってホント、マニと私達じゃ態度違うわよね」 あきれた様にそう言いながら、ミュレはバスルームの中へと入っていった。 「エディ、お前のせいで風呂に入れなかったじゃねェか!」 談話室のドアをあけ、エディの姿をみとめたリヴァーズは大声でそう言った。 すごすごとバスルームから引き返したリヴァーズは、とりあえず誰か遊び相手を捕まえようと、談話室へと足を運んだ。あそこなら、いつでもたいてい誰かがいるのだ。 案の定そこには、エディ、サーキース、ロスにヒューイットと4人もの”遊び相手”がいた。 おまけにヒューイットとロスという、彼お気に入りの”暇つぶしのオモチャ”ふたりが揃っていたものだから、リヴァーズは内心ガッツポーズをとった。しかし今は何よりもエディへの文句が先だった。 「あ?…あァ、お前誰かに先越されたのか」 部屋のちょうどまんなかに敷いてあるふかふかのじゅうたんの上に置かれたソファーベッドに足を組んで腰掛け、読書をしていたエディは、小さな文字でびっしりと内容が書かれた本から顔を上げた。 つられて、じゅうたんの上に円状に座りこんでカードゲームをしていたロスとヒューイットもリヴァーズの方へと目をやった。サーキースだけが少しも意に介した様子もなく、手もとのカードとにらめっこのままだった。 「お前が30分も長々と説教たれっからおれはなあ!」 「30分もしてない。28分だ」 「変わんねェよっつーかンなこたどうでもいいんだよ!テメ責任取れよ!」 「フン…お門違いも良い所だぜ。怒られる原因作ったのはどこの誰だ?バカな落書きしやがって。マジックで書いたもんだからあとのページにまでうつっちまったじゃねェか。お前今度やったら説教とばして小遣い2ヶ月抜きにしてやるからな」 文章をまとめたり文字を書いたりすることが大嫌いなリヴァーズには到底理解できないことだったが、エディは航海日誌を書く作業が何よりも好きなのだと言う。 大事な航海日誌に落書きされたものだから、エディの口調はかなり棘々しいものになっていた。 さすがにリヴァーズもそれ以上文句を言う勇気はなく、「ハイハイ判ったよ」とてきとうに言葉を濁しながらロスとヒューイットの間に割り込んで腰を下ろした。 自分もまぜろということなのだろう。ヒューイットも慣れた様子で、負けたら100ベリーだぞと言いながらリヴァーズにカードの束を配った。 「100ベリー?安い!千ベリーにしようぜ」 「別におれは構わんが…」 「お前ポーカー弱いだろ」 「よっ、弱くねェよ!」 独り言のようなロスの呟きに反論したリヴァーズに、それまでずっとカードを見ていたサーキースが顔を上げ、ニッと笑った。 「よく言うぜ。お前こないだおれに大負けしたじゃねェか」 「あん時はたまたまだ!今日は8600ベリー取り返してやるぜ、サーキース!」 「無理だろ…お前は感情がすぐ顔に出る」 ディーラーのヒューイットに手持ちのカードを2枚交換してもらいながら、ロスが言った。 ポーカーフェイスを得意とするロスにヒューイット、賭け事となると異様な強さを発揮し相手にプレッシャーをかける言葉を連発するサーキースの3人に対して、思っている事がすぐ顔にあらわれるうえに熱くなりやすいという実に賭け事に向いていない性格のリヴァーズでは、彼の一人負けが約束されているようなものだった。 「お前らが表情なさすぎなんだよ!つーかロスお前ボウシ取れ!余計に表情わかんねェ!」 「ロスに文句たれてるヒマがあるならさっさとカード揃えろよ…あとお前だけだぜ」 予測されていた通り、ゲーム開始から10分もたたないうちにリヴァーズ一人がかなり負けていた。 「よっし!これでどうだ、今度こそおれの勝ちだぜ!キングのフォアカード!」 「ヘッ、甘ェ。エースのフォアカードだ」 「…ストレートフラッシュ」 「ファイブカードだ」 自信満々でカードを見せたリヴァーズだったが、今度もがっくりと肩を落とすしかなかった。 「ヒューイット、ファイブカードかよ凄ェな。チッ、今のとこヒューイットが一番勝ってるな…で、リヴァーズが一番負けてる、と」 「うっせェな!…あーもうやめだやめ!ドロップだ!」 「ハハ、最初からそうしときゃ良かったんだよ。つーかお前おれから8600ベリー取り返すとか言ってなかったか?」 「また今度だ!覚えとけサーキース!」 「何だリヴァーズもうやめるのか。じゃあ今度はおれと神経衰弱でもするか?」 「そんなんお前の圧勝じゃねェかよ、エディ。大体おれシンケイスイジャク嫌いなんだよ」 「お前物覚えも悪いからな」 「サーキースてめェうっさい」 リヴァーズがこの部屋に来てから既にもう30分はすぎていた。本を読み終えたエディもまざり5人でババ抜きをしていると、「そういえば」とロスが口を開いた。 「リヴァーズ、まだ風呂に行かなくていいのか?さっきから大分たつけど」 「あーまだいいまだいい。マニさん呼びに来ねェし、まだ3人で入ってんだろ」 絵柄の揃ったカードを山に捨て、リヴァーズは答えた。 「3人?女3人か?」 エディの言葉にリヴァーズはそうそうと頷く。 自分に配られたカードを見ると、ダイアの6とスペードの3にはさまれてジョーカーが顔を覗かせていた。 リヴァーズはげえっという顔をした。今度の勝負は金を賭けていないからいいけれど、今日は本当についていない。 「あーあ。マニさん最近一緒に入ってくんねェのになァ」 ババを持っているのはコイツだから気をつけようと心にとめたエディは、カードを引こうとのばしていた手を止めた。ロスとヒューイットもぎょっとした顔をする。 「リヴァーズ…お前まさかマニと風呂入ってたりするのか?」 「え?ああ、そうだけどよ。たまにな。何だよ、エディ?」 「おれもたまにリリーと入るぜ。お前らも入るだろ?」 「入らねェよ!」 「入るわけないだろ誰と入るんだ」 「お前達だけだ」 当たり前の様に言うリヴァーズとサーキースに、エディ、ロス、ヒューイットは顔を赤くして怒鳴った。ヒューイットなどは耳まで真っ赤だ。 「へェ?そういうもんなのか…」 「ヒューイットちゃんたらお顔真っ赤ー。純情ォー」 「うるさい、からかうな…!」 結局、風呂からあがったマニが塗れた髪をタオルでふきながらリヴァーズを呼びに談話室へと姿を現したのは、リヴァーズもとっくに風呂のことなど忘れていた、それからたっぷり1時間後のことだった。 「なァ、風呂入る順番決めようぜ」 ほこほこと湯気を立て風呂から上がったリヴァーズが、自分のカレーライスの皿からにんじんとたまねぎをポイポイと排除しながら言った。まだ風呂からあがっていないサーキースの皿に全部放りこんでいる。 「コラ、リヴァーズ…野菜を残すな」 「残してねェよ、サーキースにあげてんの」 「あーリヴァっち、にんじんいらないならおれっちにちょーだいよ」 「お前こんなまずいモンよく食えるな…全部やるよ」 ヒューイットにしかられてもリヴァーズは知らん顔だ。カレーライスを口にかきこみ、話の続きをした。 「だからよ、風呂の順番決めようっつの。今はバラバラだろ?でもよ、それだと色々問題あるじゃん」 「…お前それ完璧に自分の都合だろ」 リリーの隣の席の椅子を引きながらロスが言うと、リリーが「ああ」といたずらっぽく笑った。風呂上りで湿ったリリーの髪からは、かすかにシャンプーの匂いがする。 「さっきのこと?リヴァーズ、アレで腹立てたワケ?ガキっぽーい」 「別に腹立てたとかそんなんじゃねェよ。そりゃかなり待たされまくったけどな」 「…図星じゃないのか」 「違うっつってんだろ!」 それまで何も言わずに飯を食べていたベラミーが口を開いた。 「まあ順番決めてもいいけどよ。リヴァーズ、お前決まった順番に文句言うんじゃねェぞ」 「おおサンキューベラミー!言わねェ言わねェ!約束するぜ」 「とか言って、超言いそー」 「おれもそう思う」 仲良く頷きあうロスとリリーを見てベラミーが笑った。 「信用ねェな、お前」 「チクショウ、てめェら…」 「でも決めるってどうやるんだ?全員に希望の入浴時間聞くか?」 既に夕食を食べ終わりごちそうさまをしたエディが、机の上に羽ペンと一緒に羊皮紙を広げた。 エディはまだ風呂に入っておらず、サーキースがあがったあとに入るつもりらしかった。 「メンドくせェよ、ソレ。あみだくじにしようぜ」 言うなりリヴァーズはエディからペンを奪い、紙にさっさと線を引き始めた。 縦線を描き終わり、今度は横線を描き始める。口笛を吹きながらの作業で楽しそうだ。線を引き終えると、「1」や「2」という数字を書きこむ。 「あみだくじってお前な…オイ、ペン大事に使えよ。あんまり力いれると折れるからな」 「ハイハイわかってるって、エディちゃん」 「ちょっとアバウトすぎない、その横線」 「そっか?こんなもんだろ。じゃあミュレお前が引いてくれよ」 「いいわよ、私は」 「ねえでもさー、サーキースまだお風呂からあがってないわよ?」 「いいって勝手にやっちまえ。テキトーにこのへんに名前書いといてやる」 まんなかにサーキースの名前を書き込み、自分の名前を左端に書いた。ホラ、と紙をロスに差し出す。 「いやおれは最後でいい…入る時間いつでもいいし」 「お前そんなこと言ってっとなー、一番最後の汚い風呂に入ることになるんだぜー?」 「別にいいけど。汚くても死ぬわけじゃないんだから」 「ッハー、お前そういうとこ気にしねェよなー」 「ていうかお湯が汚かったら新しくいれなおしたらいいんじゃないの?別にそのくらいいいでしょ、ベラミー?」 「オイオイリリー、本気で言ってんのか?海の上じゃァ水は貴重なんだぜ。毎日新鮮な風呂に入れるだけマシってモンだ」 「要するにリヴァーズ、お前は贅沢者なんだよ」 「何だよエディ、おれだけかよ!?」 全員の名前が書きこまれた紙を前にして、ベラミーは船員の顔を見まわした。 紙の一番下は折りたたまれて、番号が見えない様にされている。 「じゃあ今からコレ開くが…決まった順番に文句を言わないこと。特にリヴァーズ、言いだしっぺのお前はな」 「しつけェな、言わねェって!ホラ、早く!」 最後の方にはなりはしないだろう、とリヴァーズは安心していた。 線を引き番号を書きこんだ時に、大体の番号を記憶していたのだ。おそらく自分は2番か3番あたりのはずだ。 折りたたまれていた紙を開き、ベラミーがペンを線の上に滑らせ始めた。 翌日。 「悪いなリヴァーズ、お先ー」 明かに嫌味としか思えない笑みを顔に浮かべながら、サーキースが自分を追い越して行った。 バスルーム近くの廊下でだった。 「てっめ…チクショウ、順番変わりやがれ!」 絶対にココでいいと、リヴァーズは自信があったのだが、どうも記憶違いだったらしい。 あみだくじの結果、リヴァーズの順番はビリになり、そしてサーキースが一番最初に入浴することになったのだった。 昨日、風呂からあがり遅れてキッチンにやってきたサーキースは、リリーから事情を聞いて大笑いだった。 「あーチクショウ!サーキースのとこにおれの名前書いときゃ良かったぜ!」 入るのはいつでもいいと言っていたロスまでが2番目に入ることになったものだから、リヴァーズはあのあと約束も忘れて文句の連発だ。 やっぱり、と笑い合うロスとリリーにベラミーも言った。まあそうだろうと思ってたけどよ。 順番が3番目になったマニが、たまに順番変わってあげるから、と言ってくれたがマニに汚い湯に入らすのも我慢がならなかった。 「オイ、サーキース!今日だけ順番変わってくれる気ねェか!?なァ!」 「バーカ、変わってやらねェよ。じゃあな!」 扉の中から顔だけ覗かせていたサーキースは笑いながらそう言うと、見せつける様に音を立ててドアをしめた。 「…チックショーーーーッ!次こそ1番になってやるからな!」 船長室でとくに何をするでもなくベッドのうえでごろごろしていると、リヴァーズの絶叫が聞こえてきた。 「…『次』こそ、ってなァ…」 近々また入浴の順番決めが行われるのだろう。今度はジャンケンかくじ引きか、それともカード勝負か。 カードならひょっとすると自分も負けるかもしれない。イカサマなら得意だったが、仲間相手に、しかもこんなことでイカサマをする気はベラミーになかった。 そんなことを考えながら、ベラミーは思わず笑いをこぼしてしまった。 そろそろ昼間の温度も下がってきて、風呂に入るのにちょうどよくなる。 この前までは夏だったのに、少し肌寒い風が吹く。 もうそんな季節になっていた。 ☆なじ☆ 女の人って風呂入るのに大分時間かけるらしいけど、その感覚がわからず…私いっつも風呂に2、3分しかかけないんで、両親によくカラスの行水じゃもっとよく入れじゃなんじゃと言われますTEHE。 それと私ポーカーってやったことないうえにルールもよく知らんのでテキトーです間違ってたらスイマセン! ちゅーか終わりのほうで「もうそんな季節に」とか書いとりますが、グランドライン季節関係ないっちゅーねん(爆笑) それにしても最近私の中で確実にリヴァーズが間抜けキャラの地位を確立しつつあるんですが…(脂汗) 小説TOP |