「12月25日、夜6時より。スパイダーズカフェにて、クリスマスパーティー」 そんな指令状――というよりも招待状――がオフィサーエージェント達のもとに届いたのは、その”12月25日”の前日、24日のクリスマス・イヴの事だった―――。 「ミス・ダブルフィンガー」 「ポーラ。今は”ポーラ”よ、Mr.1」 「…ミス・ダブルフィンガー。ボスは何だってこんな事をしようだなんて考えたんだ」 「それを私に尋ねるのは間違いというものじゃなくて?そんな事はボス本人にお聞きなさいな」 クリスマスツリーを飾りつけながらポーラは笑って答えた。 「…聞いたところで」Mr.1は目を伏せかぶりを振った。「納得のいく答えは得られねェだろうな」 「フフフ。そんな事よりMr.1?飾り付けを手伝ってくれないかしら?」 「…ミス・ダブルフィンガー」 「そうね、このモールを…ううんそれよりもこれを飾ってもらった方がいいわね。あなた背が高いから助かるわ」 Mr.1に何かを言う間も与えず、ポーラは彼に大量のカラフルなチェーンペーパーを手渡した。そして首を傾げてにっこり笑う。 「それを天井とか窓とか…とにかく色んなところに飾って頂戴。お願いね、Mr.1」 有無を言わさず、といった風に笑うポーラに、Mr.1はまだ何か言おうと口を開きかけたが、諦めたように深く溜め息をつき、色とりどりのチェーンペーパーを手にして腰をあげた。 全く自分達のボスは一体何を考えているのだろうと頭を抱えさせられる。 犯罪会社の社員が集まって仲良くクリスマスパーティー?最高に笑えるシリィ・ジョークだ。 パートナーに言われた通り窓にチェーンペーパーを吊るしている自分の姿が酷く情けなく思え、Mr.1は心の隅でボスを恨んだ。 「…すんだぞ、ミス・ダブルフィンガー」 「あら早い。じゃあ今度は真中の天井にこのお星様を吊るしてくれる?」 「………ミス・ダブルフィンガー」 「お願いよ、Mr.1」 「…よこせ」 どうも彼女の押しには弱い彼だった。 それは彼だけでなくおそらくこの会社のナンバーエージェントである男性社員全員に言える事であったが…そんな事はMr.1の知る所ではなかったし、知ってどうなる所でもなかった。 「〜♪」 クリスマスツリーに仕上げの電飾もつけ終え、飾りつけも終えたポーラは、優しいメロディーを口ずさみながら手際よく一つ一つのテーブルを小綺麗にしていった。 白い雛菊の一輪挿しの下にレースのついたシルクを敷き、椅子の前にナプキンを置いていく。それが済むと、パーティーに使う食器を用意しようと、食器棚に歩み寄った。 カランコロン…カラン… 「…あら…いらっしゃいミス・オールサンデー」 「こんばんはポーラ、Mr.1」 開かれたドアの隣に、ミス・オールサンデーがたたずんでいた。ドアノブには「CLOSE」のプレートと一緒に、可愛らしいリースが掛かっている。 ミス・オールサンデーは二人に挨拶をして、ドアに吊るされたベルが音を立てぬほど静かに、そっとドアを閉めた。 「折角いらしてくれたのに悪いけど…ご覧の通り今は閉店中なのミス・オールサンデー」 「フフ、今日はお客様として来たんじゃないの。お手伝いを、と思って来たんだけど…」気乗りしない様子で黙々と飾り付けをするMr.1を見て、ミス・オールサンデーは小さく笑った。「もうあまり私の出番はないみたい」 「あら、そうでもなくてよミス・オールサンデー?お皿やコップを一緒に用意してくれたらとても助かるんだけど」 皿を手にしてポーラはにっこり笑った。 「フフフ、じゃあお手伝いさせて頂くわ。そう、それと…」 ファーのついた黒いケープを脱ぎながら、ミス・オールサンデーは手に持っていた箱を肩の高さまであげてみせた。 「ちょっとしたプレゼント」そう言って微笑んで、箱をポーラに手渡した。 「プレゼント?」 「ケーキセットなんだけど」 まあ、と嬉しそうに声をあげてポーラはそれを受け取った。 「助かるわ、どうしようかと思ってたのよ、ナノハナまで買いに行くわけにもいかないでしょう。有難う」 ケープとお揃いの黒いテンガロンハットをカウンターの上におき、ミス・オールサンデーは、いいえ、と微笑み返した。 「寧ろこれはお詫びみたいなものよ。急にこんな事やるだなんて言われて困ったでしょう、あなた達」 ミス・オールサンデーの言葉に、Mr.1が全くだ、と言わんばかりに溜め息をついた。 「…ミス・オールサンデー、ボスは一体どういうつもりなんだ」 「さあ…どうなのかしら。判らないけど、でも、あの人こういう事好きだから」 子どもが何かちょっとしたいたずらをした時の母親の顔、しょうがないわね、とでも言う風に、ミス・オールサンデーはフフッと笑った。 そう言う彼女自身も、どこか楽し気に見えるのであった。 日もすっかり暮れ、月が綺麗に輝く頃、パーティーの準備の終わったスパイダーズカフェは、いつもとは打って変わってクリスマスムード1色だった。 店内を見まわして、両手を腰に当てたポーラは満足そうににっこり微笑んだ。 「これであとは明日を待つばかりね。お疲れ様、Mr.1」 ポーラは仏頂面で止まり木に腰掛けているMr.1に笑いかけた。楽しくお喋りしながら準備を進めた女性2人に比べ、彼はある意味一番苦労した人物だった。 「有難う、ミス・オールサンデー」 「いいえ。お役に立てて良かったわ」 ミス・オールサンデーは椅子にかけてあったケープに手を伸ばし、「それじゃあ私はもう帰るわね…準備ご苦労様、感謝するわポーラ、Mr.1」 そう言って微笑んでその場を後にした。ポーラもこちらこそ、と扉に向かって微笑んだ。Mr.1だけは腕組みをして座ったままで、視線を動かしもしなかった。 扉が閉められてからすぐに、ドドドッというバンチの足音が聞こえ、遠ざかっていった。 「さてと…今日は沢山働いたわね」 腰の後ろで手を組み、ポーラは店内にかかっている曲にあわせて歌を口ずさんだ。 大時計の長針がカチッと音を立てる。もう10時だ。 ポーラはカウンターの中に回りこみ、カウンターを挟んでMr.1のすぐ前に立った。蛇口をひねって、水を出す。 「私はこれからお皿洗うけど、あなたはどうする?」 「…どうも何も、もうする事はねェんだろう。ならもうおれは寝るぞ」 あらそういえば、とポーラは皿洗いの手をぴたりと止めた。 「あなたの寝る場所どうしようかしら。2階あるけど、あそこ私ひとり寝れるぐらいしかスペースないのよね」 少し考えてからポーラは背をかがめて顔をグッとMr.1に近づけた。メガネの奥の目を笑わせる。 「あなた、私と一緒に寝る?」 普通の男なら迷う間もなく二つ返事で応じるような美女の言葉に、しかしMr.1は面白くなさそうにジロリとにらみ返してきただけだった。 予想通りの反応にポーラは思わず笑ってしまい、顔を離した。全く、ほんと冗談嫌いなんだから…。 「冗談よ、冗談。人ふたりくらい寝れるスペースはあるわ。あなた体大きいから、ちょっと窮屈かもだけど」 皿洗いの続きをしながら言い、90%ぐらい本気なんだけどね、と心の中で付け足した。 「…くだらねェ…」 Mr.5は僅かに眉をしかめて半ば独り言のように呟いた。 「キャハッ、Mr.5ったらもうちょっと楽しそうになさいよ。いいじゃないのたまにはこういうのも」 Mr.5の呟きを受けて、傍らにいたパートナーが首をかしげて笑いかけてくる。 12月25日。スパイダーズカフェでの”クリスマスパーティー”とやらの当日だ。 ボスからの指令(というか招待状だが)だから来てはみたものの、最初からMr.5はまるで気乗りがしていなかった。 パーティーやら何やらの騒がしい、下らない催し物は嫌いなのだ。大勢で集まって料理を囲んで意味もなく盛りあがって騒ぎあって何になる?全く下らない。ばかげている。 スパイダーズカフェに来る前からそんな事を言って億劫そうな表情をしていたMr.5とは対照的に、パートナーのミス・バレンタインは花が咲いたような笑顔を見せ、いかにも楽しそうだった。 革のベストに黒のスラックス、えんじ色のスカーフを首に巻き、上から黒のトレンチコートを羽織っただけのMr.5だったが、ミス・バレンタインは彼とは違い、いつにも増して身なりに気をつかっていた。 彼女の美しい体の線をくっきりとあらわすイブニングドレスは明るいレモンイエローで、レモンの花のように白い肩がそのなだらかな曲線を露わにしている。 その白い肩を覆う様に淡いレモンイエローのファーを纏い、前髪は二つに分けられ、その美しい金色の髪の片方は、二つの可愛らしい花のピンでまとめられていた。白いレモンの花をあしらった小さなコサージュで頭を飾り、耳元にはいつものレモンの輪をかたどったイヤリングが揺れている。細い首を飾るのは薄いオレンジのチョーカーで、口には淡いベビーピンクのルージュがひかれ、口元に明るい彩りが添えられていた。その唇に、肌と同じほど白い手袋をはめた指があてられる。 「ねえMr.5?くだらないってあなたは言うけど―まあ確かにくだらないけど―、今日くらい楽しく”フツウの夜”を過ごしてもいいんじゃない?」 「それについてはまァ同感する」Mr.5は溜め息をついた。「だけどやっぱりくだらない」 あと30分もすれば始まるであろうパーティーに、自分は全く関係無いと言う様にそう吐き捨て、サングラスをかけなおしたMr.5にミス・バレンタインはいかにも不満、と頬を膨らませた。 「もう、Mr.5ったら!たまの行事なんだから素直に楽しめばいいのよ、あなたもそう思うでしょう?」 「…わたしは別にどっちでもいいと思うけど」 ぷりぷりと言うミス・バレンタインの隣のイスに腰掛け、足をぶらぶらとさせていたミス・ゴールデンウィークは、Mr.5に負けず劣らずの素っ気無い態度だった。 いつも被っている帽子ではなく、ピンクに薄紫の線が入った毛皮のヘアバンドで額を覆っている。レッグウォーマーとバンダナはおそろいの色だ。 ジャンパースカートの前を下ろし、タートルネックのセーターの首から小さな柊の葉をかたどったネックレスを下げたミス・ゴールデンウィークは――店内の暖炉をつけている所為で頬の赤みが増してはいたが――いつもより少し大人びて見えた。 「ミス・ゴールデンウィークまでそんな事言うの?こんなカワイイアクセサリーつけちゃって、結構楽しみにしてたんじゃないの?」 ミス・バレンタインが柊のネックレスを軽くつまむと、ミス・ゴールデンウィークは、「ああ、これは…」と視線を向けた。 「補色…興奮作用のある赤と鎮静作用のある緑を組合わせたデザインが面白いかな、って思って」 「…私とはおしゃれに対する感覚がまるで違うのね、あなた」 「君も少しは色の組み合せに対して考えを巡らしたまえよミス・バレンタイン」 ミス・ゴールデンウィークの隣から聞こえてきたその声に、Mr.5は不機嫌そうに片眉を上げた。 「ご忠告どうも、でも大きなお世話よMr.3」 ツンとした態度で答えるミス・バレンタインに、ミス・ゴールデンウィークの隣に足を組んで座っていたMr.3は鼻を鳴らした。胸元に派手なフリルのついた、いつもと少し雰囲気の違うスーツ姿だが、その柄はいつもと同じく青と白の縦縞だ。これまたいつもと同じく、赤い蝶ネクタイをきっちり締めている。 「美的感覚に欠ける人間はこれだから困るガネ。そうだろう、ミス・ゴールデンウィーク」 「あんたにおれのパートナーにつべこべ言う権利は何も与えられちゃいねェはずだ、Mr.3」 ミス・バレンタインとミス・ゴールデンウィークをはさんで、Mr.5が低い声で言った。 「おや……いたのカネ。…Mr.5」 また始まっちゃった。ミス・バレンタインは肩をすくめた。 火と油と言うか…Mr.3とMr.5、この二人はとかく相性が悪いのだ。 険悪な空気になってきた彼らの周囲の雰囲気は、Mr.2・ボン・クレーの登場で幾分和やかに――寧ろ悪化したかもしれないが――なるのだった。 「あァら、Mr.3にMr.5!あァんた達なに陰気な顔してんのよぅ!」 「……ゲ」 すぐ隣にいたミス・バレンタインにも聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声を、Mr.5がもらした。相変わらずポーカーフェイスを崩しはしていないけれど。 Mr.3も片眉をあげ、嫌悪感を顔に露わにし、椅子を引いて立ちあがった。 「ミス・ゴールデンウィーク、向こうに行くガネ」 「ちょっとちょっとちょォーっとォ!!?それはナインじゃないのぅ、Mr.3!マッ、ちょっくら付き合いなさいよう!あと30分ぐらいヒマなの、あ・ち・し!あ、ハァイ、MerryXmas、ミス・ゴールデンウィークにミス・バレンタイン!ふッたりともおシャレねぃ!」 「メ、メリークリスマス、Mr.2…」 かなりのハイテンションのMr.2に、ミス・バレンタインは引きつった笑顔で答えた。ミス・ゴールデンウィークは名指しで話しかけられたというのに視線は明後日の方向へ向けている。ミス・バレンタインは、マイペースな彼女をこの時心底羨ましく思った。 Mr.2はいつものコートとはがらりとタイプが違う、革のロングコートを身に着け、長い毛皮を首に巻きつけていた。ズボンも紺のスーツで、大分雰囲気が違って見えた。 「ホラァ、今日はオフィサーエージェントだけじゃナーイ?だッからあちし部下連れて来れなくてェ。アンタ達かわりに遊んでチョーだいよ」 「…それはそれとして何故私達の所に来るのだ。あちらに君がいつも遊んでいるMr.4やミス・メリークリスマスがいるじゃないか、私達はお前に付き合う気などない」 「ジョーーーーーーッダンじゃなーいわよう!オォ!?アンタ冗談ブッこいてんじゃねーわよ、Mr.3!ミス・メリークリスマスにMr.4!?ハン!こんな日まであんなデブチンやオバハンの相手してやる気なんてサラサラないわ!大体今日ってなんかオバハンの日みたいでシャクに障るスィー」 「うるせェぞ…耳障りだ、オカマ」 「あァン!??」 カウンターの方から聞こえてきた声にMr.2がガンをとばすと、そこには思った通り、あのいけ好かない男、Mr.1がいた。黒いタンクトップに白のレイバーパンツと、他のエージェントに比べかなりサッパリとしたナリのMr.1は、いつもの如く仏頂面でカウンターに寄りかかっていた。 話の展開には全く関係無いのだが、この格好ほんの少し某海賊団のハイエナ船長に似ているような気がしないでもないという事はあまり気にしないで頂きたい。というか冷静に考えたら別に大して似てないのでこの発言は忘れて頂きたい。 「アァンタちょっとMr.1!戦る気!?アンタあちしと戦る気!?戦る気なのねぃ!?やぁーったろうじゃないのよーう!!」 「ウッセーなおめーは静かにしてなこの“バッ”!!」 とんできた怒声に、あーあこりゃまためんどくさくなるぞどうにかしてくれ…な雰囲気が周囲に漂った。 「おめーはホントにうるさいね!今日ぐらいはアタシの言う事を聞きな!クリスマスなんだからよ!メリクリだよメリクリ!」 「なによなによなーによう!今日がクリスマスだからってドゥーしたっツーの!?それを言うならもうじき暮れなんだからあちしの言う事聞ッきなさァいよーう!」 机をバババババンと叩きながら怒鳴るミス・メリークリスマスに、Mr.2も負けじと反撃だ。 いつものヘアーバンドに星の髪飾りをつけ、赤と緑2色のセーターを着たミス・メリークリスマスの胸元には、クリスマスだろうが何だろうが年中つけているもみの木型のネクタイがゆれている。 彼女の隣のイスにはパートナーのMr.4が、大きな体で窮屈そうにして座っていた。Mr.4は黒に白の横線が一つ入ったセーターのうえに、モスグリーンのジャンパーを羽織り、すそを折ったジーンズの足元にはサンタボウシを頭にちょこんと乗せた彼の愛銃・ラッスー(風邪治り気味)が、眠たそうにあくびをしている。 「いいから黙れ…オカマ野郎」 「ダまるのはアンタよMr.1!大体ナニ!?アンタナニ!?何ひとりだけそんな季節感皆無な格好してんのよう!ちったァクリスマスらしい服着てきなさいよこのスットコドッコイ!」 「確かにそうよね、ここ昼間は暑いけど夜は寒いんでしょ?暖房きかせてるけど、寒くないの、Mr.1?」 「てめェだって寒そうな服じゃねェか」 「女は別よ、おしゃれだもん」 そう言ってキャハッと笑うミス・バレンタインに、Mr.1は何も言わず視線を外した。Mr.2はといえばまだ彼に突っかかろうとしている。 「ちょーっとアンタシカトこいてんじゃナァーイわよーう!!」 「やかましいガネMr.2…少しは静かにしたらどうなのカネ」 関わり合いになりたくなくて黙ってアールグレイ(持参)を飲んでいたMr.3だったが、Mr.2のあまりの騒がしさについ口を出してしまった。 Mr.5はMr.2の騒がしさに嫌悪感を露わにしているにも関わらず、相変わらず黙りこくったままだ。ある意味これは正しい判断と言えた。 「あァーラそういえばMr.3!アンタの能力ちょーどイイんじゃないのーう!?折角だし作りなさいよーうキャンドル!」 「は?」 つい今しがたまでMr.1にケンカを売ろうとしていた(というか売っていた)Mr.2だったが、そんな事は忘れてしまったかの様に表情を変えてMr.3の方に向き直ってきた。 「クリスマスっつったらキャンドルがつき物じゃなァーいのよーう!10個くらいパッパと作りなさいよう!んが〜〜〜〜〜はっはっはっはっはっはっはっは!!!」 「下らん事を言わんでくれんカネ、私の能力はそんな事の為にあるのではないのだよ」 馴れ馴れしく肩を叩きまくってくるMr.2に、不機嫌そうな顔をしてMr.3が言う。やっぱりコイツに関わるんじゃなかった…という気持ちがその表情から見てとれる。Mr.5はその様子を小気味良さそうに見ている。 「アラそう!?スワンスワン!がっはっはっは!マ、そーんなことはドゥーでもいいからキャンドル作りなさいよう何の為の能力だと思ってんのう!?」 「…人の話を聞いとらんのカネ君は…」 「つべこべ抜かさずにさっさとキャンドル作りゃいいのよーう!全くアンタってば気が利かないわねい!」 「そーともさそれ作りなやれ作りな折角のメリクリなんだからね!さっさとしなこの“バッ”!」 「やっかましいガネ永遠にその口を閉じたいのカネ!?」 いつのマニかMr.2と一緒に混ざって詰め寄ってきたミス・メリークリスマスの所為もあってMr.3もついに半ギレで席を立った。 隣に座っていたはずのミス・ゴールデンウィークは、大分前からミス・バレンタインやMr.5と一緒に遠くの席へ移動している。 「んなーにようあちしと戦る気ィ!?」 「おめーごちゃごちゃ抜かさずにキャンドル作りゃいいだろうが!ケチ臭いね全く“ケくさ”!!“ケ”だよ“ケ”!」 「まとめてかかってきたまえ物言わぬ彫像にしてやるガネ!」 オフィサーエージェント二人、しかも一人は自分よりもナンバーが上で、どう考えても自分が不利でしかない状況だったが、そんな事も頭に無いくらいイラつきが頂点に達したらしい。Mr.3は本気で戦る気らしく、頭の「3」に火がついた。(アホくさい…) 「フォーフォーフォー」 どうもヒトと笑い所が違うMr.4は手をたたいて笑い、Mr.1は我関せず、といった顔だ。 誰か止めてくれないかしら…と思いつつ自分は何もせずにミス・バレンタインがその様子を傍観していると、 「ちょっとおやめなさいなあなた達」 それまでパーティー用の料理やら何やらを用意していたミス・ダブルフィンガーがカウンターの奥から姿を現した。 黒いベビードールに同じく黒いタイトなパンツ。少し寂しい胸元に3重のパールネックレスをしたミス・ダブルフィンガーは、困ったわね、という様に首を傾げた。 「黙っていろとは言わないけど…もう少し静かに待てないのかしら、Mr.2、Mr.3、ミス・メリークリスマス」 「こんな連中と一緒にせんでくれたまえよ、私とて好きでこんなに声を張り上げているわけではないのだガネ!」 「コイツがケチってるからいけねェんだよ!キャンドルの10個や20個さっさと作ればいいのさこの“バッ”!!」 「そうなのよーうミス・ダブルフィンガー!あんたからもこのケチになんか言ってやってチョーダイよう!」 「この私をケチ呼ばわりとはいい度胸だガネ!」 「ごちゃごちゃうっせーなおめーはホンットに!!」 「ホラホラあなた達…ケンカの続きはまた今度やって頂戴。もうすぐ約束の6時よ」 臨戦体勢だった3人を手で制し、ミス・ダブルフィンガーは大時計を指で示した。時計の針は6時まであと2、3分、といったところだ。 「あと少しでパーティーの時間よ。主催者のご登場まで静かにお待ちなさいな」 「ミス・ダブルフィンガー。ボスがくるのか?」 もうこれ以上こいつらと一緒に待つのはうんざりだ、といった様子のMr.1の問いに、ミス・ダブルフィンガーはフフ、と笑って、 「ええ。ボス直々にここへいらっしゃるわ」 「へェー、ボスがねぇ…」 ミス・バレンタインが意外そうに目を開いた。 パーティーの為にわざわざスパイダーズカフェへいらっしゃる犯罪会社のボス。・・・・・・。皆口には出さなかったが、ウチのボスって一体…という雰囲気が場に立ちこめていた。 「おれ入る所間違えちまったかな…」 「言っちゃダメよ、Mr.5」 「あっ、ねえねえ0ちゃんが来たらクラッカーパーンて脅かさナイ!?パーンって!」 「やめとけ、オカマ…殺されるぞ」 「あーーーー待ちくたびれたよホントにもう!あ、腰イタッ!Mr.4!オイMr.4!イヌッころなんかほっといてマッサージしな!」 「フォ〜…」 「Mr.3、おなかへったわ」 「あと少しだ、我慢したまえよ、ミス・ゴールデンウィーク…」 「フフ…ミス・ゴールデンウィーク、ボス達が来るまでお紅茶でもいかが?」 席についたりテーブルなどの側でうろうろしていたり…半数以上が大人しくしていなかったが、2、3分の間によくぞまあこんなに喋れるもんだと言う程のお喋りが繰り広げられ、時刻は約束の6時。 大時計の音が、6時になったことをその場にいる者たちに告げた。 「――6時だわ…」 ミス・ダブルフィンガーがそう呟いた時。 「いよいよというわけだ………」 「!!?」「………な…!!!」 カフェの電気が全て消え、代わりにカフェの中央に置かれていた大きなテーブルの上のキャンドルに火が灯る。というかこの演出アホらしすぎて書いてて泣けてきました。 「ちょうど頃合………パーティーの始まる時間だ」 (…アホか) マンガで描くならこの辺りでドン!!!と思いっきり太字で効果音が入るところだ。そんな雰囲気を背負ってカフェの中央に現れたのは、当然バロックワークス社のボス、Mr.0であった。 黒いファーコートの下に黒いタキシードといった出で立ちで、純白のスカーフを金のピンでとめている。パーティーの場に適した装いに反して、この場にはあまりに不似合いな鋭い瞳が明かりの中に浮かんでいる。 この相変わらず練習してんのかな…といった感じの凝った登場の仕方に、ウチのボスってホントに一体…という思いが一様に皆の心中を駆け巡る。Mr.2も折角用意していたクラッカーを鳴らすのも忘れて動きを停止させている。 「…みんな長旅ご苦労様。午後6時。バロックワークス社のパーティーが始まるわ」 ボスとは違ってちゃんとフツウに入り口から現れたのはミス・オールサンデーだ。Mr.0のこんな演出には慣れきった様子で、平然と彼の言葉を継ぐ。 社長のする事にもちゃんとフォローをいれてあげるのが、彼女が有能な副社長であるということを示す点のひとつでもある。 そんなミス・オールサンデーは、Mr.0とは対照的な純白のファーを、ストラップが交差し胸元の大きく開いた漆黒のロングドレスのうえから纏った優雅な装いだ。 ドレスの上半身は彼女の均整のとれた体にピッタリと合い、下半身は腰の辺りから下に向かって緩やかな斜面を描く様にして広がっており、すそは花びらのようになっていた。 薄桃色の花びらをうめこんだイヤリングをしていることもあり、彼女は煌びやかな花のように見えた。 静かに歩を進めて来、Mr.0の隣に立ち並んだミス・オールサンデーは、口元を美しく微笑ませた。 「メリークリスマス、楽しいパーティーを始めましょう」 再び、店内の明かりが灯った。 彼女の手にはいつのマニか、ワインの入ったグラスがあり――中央のテーブルのうえに人数分並べていたはずのワインの数が一つ減っている事にMr.0以外は気付いていなかった――彼女はそれを高く掲げた。 Mr.0はミス・オールサンデーの方を見て、薄く笑った。長年連れ添った夫婦のような、阿吽の呼吸というやつである。 「さァ、何をボーッとしている…ワインを手に取りたまえ、乾杯だ」 Mr.0の言葉にその場にいた誰もが、そりゃいきなりあんな演出されたらボーっとなります、というような事を思ったが、全員それを顔に出すなどという事はもちろんせず――そんな事もできないようではオフィサーエージェント失格だ――、言われた通りに中央のテーブルからグラスを取った。 グラスを傍らにいるMr.1に手渡しながら、ミス・ダブルフィンガーがMr.0に言葉をかけた。 「ボス、こんな所まで足を運んで下さって感謝しますわ」 「いや…招待をしたのはおれだからな」 そういえば呼ばれたのはこっちなのにどうしてボスが1番遅れてやってくるんだ。 「お前達のほうこそ、遠いところをご苦労だった」 全くだ。 「まァ、たまの休息だ。楽しみたまえ」 1番楽しみたいのはボスじゃあないんだろうか。 Mr.0の言葉に全員心の中でいちいちツッコミをしながら、それぞれグラスを掲げた。ミス・ゴールデンウィークは背が届かないのでMr.3に抱っこしてもらっている。 「乾杯――!」 キィ…ン…! 明瞭で冷たく、美しいグラス音が店内に響く。 それが合図であるかのように、皆それぞれ自由な行動を開始する。 用意された豪華な食事に手を伸ばすもの、お喋りに興じるものと、様々だ。 「んが〜〜〜〜〜〜はっはっはっはっはっは!!酒がうまいわねーい!ミス・ダブルフィンガーおかわりーぃ!」 「オカマにくれてやる酒はねェ」 「ちょーっとあんたMr.1!なァンであんたが答えるわけ!?あんたミス・ダブルフィンガーの代理人!?寧ろあんたがミス・ダブルフィンガー!?どっち!?」 「うるっさいやねこの“バッ”!おめーいちいち騒ぐんじゃないよ全く!」 「ちょっとあなた達…少しはケンカを控えてくれないかしら?」 一部おおいに盛りあがってきたところで、それまで黙ってその光景を見ていたボスが口を開く。静かだが、明瞭でよく通る、重みのある声が響いた。 「――ちょうどいい頃合だ。そろそろ始めるとしようか」 (…何が言いたい…) 「―ええ…そうねMr.0…」 全員の注目が社長と副社長に集まる。 「…!?なんですカネ一体…やはりパーティーというのはただの名目で、他に何か本当の目的が…」 「――プレゼント交換を始めるぞ。お前らプレゼントは持ってきただろうな」 真面目腐った顔で告げるボス。一気に下がる場内の緊張感。 ウチのボスってさァ…と誰もが心の中で思っていた。 「ええ一応用意しているけど…あなた達も何かプレゼントを?」 ミス・ダブルフィンガーがカウンターの奥から綺麗にラッピングされた包みを取り出してきた。 彼女の言葉にMr.0は頷いて、彼の顔ほどの大きさの箱を右手に取り出して見せた。 「もちろんだ。おれが忘れてきてどうする」 「あなた、楽しみにしてたものね」 フフフ、と優しく笑うミス・オールサンデーの言葉は、ウチの会社って一体何なんだろう…という思いを益々募らせるものだった。 ミス・オールサンデーも紫色の包装紙で包まれたものを机の上におき、みんな用意してきたプレゼントをざわざわと取り出した。 Mr.2のものには白鳥の絵が描かれていたり、ミス・バレンタインはレモン型の箱だったりと、外装にも個性が表れていた。 「ミス・ダブルフィンガー、何か曲をかけてもらえるかしら?」 「ええ、構わないけど…でも、ミス・オールサンデー、クラシックやソナタしかないわよ?」 「…どう?Mr.0、それでもいい?」 「ムードに欠けるな…これをかけろ」 手渡されたレコードを蓄音機にかけると、流れてきた曲は『赤鼻のトナカイ』…。そっちの方が大分ムードに欠けるような気がしないでもない。 幾分脱力したミス・ダブルフィンガーがふと気付いたように、 「あ、そういえば…プレゼント交換よね?曲が終わるまでプレゼントを回すのかしら?それとも私が止めましょうか?」 「大丈夫よ、ちゃんと途中で止まるようになっているから」 ミス・オールサンデーが微笑む。 止まるようになっている?途中で録音を切っているのだろうか。首を傾げながらも、ミス・オールサンデーの言葉には従うしかなかった。 そして『赤鼻のトナカイ』をBGMに、何とも異様な雰囲気でプレゼント交換が始まった。 皆で円になり、それぞれ自分の手もとのプレゼントを隣へと回していく。ああ何て微笑ましい… Mr.1やMr.3、Mr.5などのエージェントは、うつむき加減の渋い顔でプレゼントを回しあっている。 ♪お前の鼻が役に立つのさー… と、そこで曲が止められた。ミス・ダブルフィンガーが蓄音機に目をやると…、蓄音機の置かれた机から生えたほっそりとした白い手が蓄音機を止めている。 蓄音機からミス・オールサンデーへと目を移すと、彼女はいたずらっぽくフフッと微笑んだ。なるほど、こういうこと。ミス・ダブルフィンガーも微笑み返す。 そして各々自分の手元にあるプレゼントを見やるが…明らかにコレはまともなものが入ってねェだろというプレゼントも少なからずあった。 「さァお前ら自分の手にあるプレゼントを開けろ。何が当たっているかは開けてからのお楽しみだ」 思いっきりプレゼント交換の場をしきっているボスが何とも微笑ましい。あーあこのヒトめちゃくちゃ楽しそう…と誰もが思わずにいられない。 それぞれプレゼント開封。わあ…と嬉しそうな声はまずあがらないだろう。 「…ねえ…コレ…Mr.3が用意したプレゼント…?」 思いっきり引きつり笑顔で、ミス・バレンタインが包みの中からあらわれた物体を手の上に乗せている。 それは、高さ40cmほどのキャンドルで――いや、『ただの』キャンドルならばいい。ただのキャンドルならばミス・バレンタインもこんな顔をしたりはしない。 そのキャンドル――もはやそう形容して良いかどうかすら怪しいが――は、両手で頭をかきむしるかのようなポーズの人間の形をしており、しかもその人間の顔といったら、死への恐怖に顔を歪めた絶望の表情なのだ。 「ああ、そうだとも、よく判ったガネ。そのキャンドルはだね、まず頂上に火を点けるのだよ、そうしたら徐々にロウが溶けていって最後には消えて無くなるという1回限りの貴重なキャンドルだ、私みずから作成した。素晴らしいだろう?その苦悶の表情、なかなかの出来だと…」 「何が素晴らしいのよ、サイッッッテー!!!こんなもの貰って嬉しいのはMr.3ぐらいよ!!」 喜々とした表情で語るMr.3に、ミス・バレンタインが罵声を投げつけた。キャンドルを投げ壊さんばかりの剣幕だ。 「な!?君ね、その芸術が理解できんのカネ!?」 「できるわけないし、したくもないわよ!」 「Mr.3…私もコレはちょっとどうかと思うわ…」 ミス・ダブルフィンガーも困った笑顔でキャンドルを眺めている。 「クハハハ…いいじゃねェか、ミス・バレンタイン。なかなかの芸術品だ」 「じゃあ、ボス、これ私のかわりにどうぞ」 「諦めて受け取り給え、ミス・バレンタイン」 ミス・バレンタインの足元の床にヒビが入った。Mr.5がなだめている。 ボスならボスらしく社員をなだめるぐらいしてくれという感じだが、Mr.0は自分のプレゼントの開封にかかっていた。多分今ごろ彼の心の中は大はしゃぎだろう。 片手だけで器用にリボンをほどき、包装紙の中からでてきたものは… ―――頭蓋骨。 「オイ…何だこれは…」 マンガならばゴーン・・・という効果音が入るところだ。縦線を背負ってMr.0が尋ねると、ミス・オールサンデーが「あ、それ私よ」と答えた。 「中にキャンドルをいれるの。そしたら目とか鼻の穴とかからロウソクの光がもれるのよ。それを暗闇の中に置いたらボウッと輝いて…綺麗でしょうね…」 「ああ、幻想的だろうな…さすが、お前だ。有難く頂いておくぜ」 「それがあなたに当たって良かった…嬉しいわ」 頭蓋骨を胸に抱いて二人の世界に入ったMr.0とミス・オールサンデーを見て、ミス・バレンタインの足元が益々ひび割れた。今度はミス・ダブルフィンガーも一緒になだめている。 その光景を見てMr.2が楽しそうに声をあげて笑った。 「がっはっは、サンデーちゃんもいい趣味してるわね〜い!さッてとォ、あちしのは何かしらァ!?」 ぶんぶんと包みを上下に振ると、ごろりーんと何かが床の上に落ちた。 「あン!?何よぅ、コレ」 ふかふかとしたそれは、愛くるしいビーズの目を持った、可愛らしい犬のぬいぐるみだった。 あたたかそうな手袋――因みにミス・バレンタインが用意したものだ――を箱の中から取り出している最中だったMr.4がにっこり笑った。 「あ〜〜あ〜〜そぉ〜〜れぇ〜〜ぼ〜〜く〜〜のぉ〜〜…」 全部言い終わらないうちにMr.2がぬいぐるみを投げつけた。 「そんッなものいーらなァいわよーぅ!!何に使えって言うのよ、激しく邪魔よぅ!!」 「贅沢言わないでよ、Mr.2!」 ミス・バレンタインが大声で言った。「カワイイだけまだいいじゃないの!私の『コレ』見てよ!」 「ごめんなさい、ミス・バレンタイン。あちしが間違ってたわ」 大真面目な顔をしてぬいぐるみをしっかり抱きしめたMr.2に、Mr.3だけが納得いかないと言う面持ちだった。 「私のは…まあ、ステキ…ウェッジウッドのティーカップ」 やっと二人の世界から現実の世界へと帰還したミス・オールサンデーのプレゼントの中身は、あまりにフツウすぎてビックリするくらいステキなものだった。 ミス・ダブルフィンガーがにっこり笑う。 「私が用意したものなの。気に入っていただけたようで嬉しいわ」 「まあ、あなたが?さすがね、やっぱりセンスがいいわ」 「フフ、どうもありがとう」 「いいなぁミス・オールサンデー…」沈みきったミス・バレンタインがぽつりと呟いた。まだまだあの“キャンドル”のショックが抜けないらしい。 「ミス・ゴールデンウィーク、君には一体何が当たったのカネ?」 「さあ…何かしら」 大して興味もなさそうな面持ちで、ミス・ゴールデンウィークは包みを開いた。中身は…… 「あァ…お前に当たったか。光栄に思えミス・ゴールデンウィーク」 「ボス…コレなあに?」 ミス・ゴールデンウィークの包みの中身は、一体コレをどう使えというのか、黄金に輝く手のひらサイズのバナナワニの彫像だった。しかもずっしり重い。 Mr.3はその意味が全く理解できず顔をしかめている。 「クハハ…なかなかいいだろう。純金のバナナワニの置き物なんざ滅多に手に入らねェぜ」 「全然よくないわ」 バナナワニを両手に乗せミス・ゴールデンウィークは冷たく呟いた。ボス相手でも全く遠慮しない。「わたしこんなのいらないんだけど。Mr.3あげる」 「なッ!?その価値がわかってねェようだなテメェ…!」(←遠くの方でつっこむ社長)(アホらしい…) 「ハッ!??き、君ねふざけないでくれたまえよ、誰がそんなものをいると…」 「テメェもかMr.3…!」 「へっ、いいじゃねェか…案外あんたに似合うかもしれねェぜ」 微かに口元を笑わせながら面白そうにMr.5が言う。 「やかましいガネ!…そういう君には何が当たったのカネ?」 「…さァ、どうだろうな」 Mr.5が答えた。「おれにはこれは手配書の束にしか見えねェんだが、あんたはどう思う?」 Mr.5の手には、分厚い紙の束が握り締められていた。Mr.3も思わず目を丸くさせる。 「あら、あれあなたのじゃなくて?」 「ああ…お前に当たったのか。良いもんだろう」 マンガならばどーんという効果音がつくぐらい堂々と、寧ろすがすがしいまでの口調で言ったのはMr.1だった。 Mr.3が吹き出す。 「良かったじゃないか、Mr.5…せいぜい頑張って手柄を立てて昇進したまえ」 「…うるせェ。……Mr.1、あんた、これは一体何のつもりだ」 「…?いけねェか?おれは貰えば嬉しいと思ったんだが」 Mr.1は本気でそう言っているらしい。彼の性格柄、からかいなどというものではなく、ましてや冗談でこんなものを用意するとは到底ありえなかった。 質問されたMr.1は、寧ろこっちが質問したいぐらいだと言わんばかりの表情で、そんな彼を見てミス・ダブルフィンガーはくすくす笑っている。 「そいつが不満だっていうなら、おれのと交換してもらいてェぐらいだ」 なおも不思議そうな顔をしているMr.1が包みから取り出したものは、色鉛筆セット。 彼はそれを右手で持って、左手の指でとんとんと軽く叩いた。「こんなもんどうしろっていうんだ?」 「それ、わたしのだわ…どうして絵にまったく興味ない人に当たっちゃったのかしら、色鉛筆がかわいそう」 「…それはおれが聞きたいことだ、ミス・ゴールデンウィーク」 どうもほぼ大半の者が、自分に回ってきたプレゼントに不服らしい。というか大半の者がまともなプレゼントを用意していないのだ。大体の者が、自分が貰って嬉しいものを、と自分の好みでプレゼントを用意しているのだが、 個性が強すぎる彼ら、それぞれの好みも個性が出すぎて他人にはあまり受け入れられないプレゼントだった。 そしてそんなプレゼントを受け取った者がまた一人。 「Mr.5!コイツを用意したのはおめーだろう!?もっとマシなモンを用意できなかったのかいこの“バッ”!!!」 「あァ?それのどこが気に入らねェってんだ?なんならおれのコイツと交換するか?」 自分よりもかなり長身のMr.5を見上げつつ怒鳴り散らしているのはミス・メリークリスマスだ。手にしているのは大量の火薬セット。一目でMr.5が用意したものだとわかるプレゼントだ。 「そんなもの貰っても嬉しくも何ともないやね!!全くもう少しマシなモンを用意しろってんだよおめーらは!!あっ腰にきた!!まったくお前のせいさ!ああ腰痛っ!!Mr.4!!」 「…そういう君が用意したものは…これカネ?ミス・メリークリスマス…」 ひくひくと口を歪ませつつMr.3が手にしていたのは……ヤカンだった…。 「あー何か文句あんのかいMr.3!そうさあたしの用意したモンさソイツは!文句ぬかすんじゃねーやね!!」 「こんなもの一体どうしろと言うのカネ!?全く趣味が悪い!どうせならもっと趣味の良いものを…」 「おめーに言われたくねーよこの悪趣味野郎が!!“アシュ”!“ア”!!“ア”だよおめーは!!」 「私のどこが悪趣味だというのカネ、君にも美的センスというものがないらしいな、ミス・メリークリスマス!」 「悪趣味の塊のあんたがよく言うぜ」 Mr.5のぼそりとした呟きをもらすことなく耳にしたMr.3の手がロウに変わりかけた。 社員のマジゲンカを止めるなどということはさっぱりしないボスであるから、したがって彼らの仲裁に入るのは常識人であるミス・ダブルフィンガーになるのであった。 「ホラホラ、おやめなさいな、Mr.3にMr.5…楽しいパーティーが台無しになるわ」 大分前からこのパーティーの楽しさなんていうものは台無しになっていたと思うが…ともかく、ミス・ダブルフィンガーは二人がケンカをする気もなくすであろう、自分の貰ったプレゼントを胸の前に広げて見せた。 「それに…あなた達のプレゼント、私のものより数段素晴らしいものだと思うわよ?――Mr.2には悪いけど…」 「アラッ!なによぅ、ミス・ダブルフィンガー!アンタそれ気にいらないワケェ!?ドゥーしてェ!?」 損な役回りが多いミス・ダブルフィンガーが、これまた運悪く貰うことになってしまったものは――バレエの衣装である。 しかも、フツウのバレエの衣装ならいいかもしれないが、あいにくとソレはMr.2がいつも着用しているあの衣装である。おまけにドピンクとオレンジという配色の、だ。 「ドゥーしても何も…私、こういったものは着ないし…」 ずっぱりと物を言う他のエージェント達に比べて、ミス・ダブルフィンガーの断り方は酷く優しいものだった。Mr.1がこんなものを貰っていたら、言葉でどころかMr.2を斬り刻んでいたかもしれない。 「クハハハハ…どうやらどいつもこいつもイイもん貰ったらしいな」 心底楽しそうに笑うMr.0を見て、ミス・バレンタインの握るキャンドルに僅かに亀裂が走った。 「…ボスが貰ったもの…あれ、私のと何が違うのかしら…」 「愛、じゃねェのか」 このパーティーのメイン(実はメインだった)、プレゼント交換が終わったあとは、各自思うように行動となる。 ミス・オールサンデーの用意したクリスマスケーキを食べ、ワインのおかわりをし、机に並べられた料理を食べ、お喋りをし―― 先程ケンカをしていた者達は、懲りずにまたケンカをおっぱじめている。とは言っても、大分おふざけの色合いが強くなっており、心なしかケンカをしていても楽しげだ。ミス・ダブルフィンガーも今度は止めはせず、微笑みながらワインを飲んでいる。 Mr.0が企画したこのパーティーは、大成功…とまでは言えないが、おおむね成功のようだった。 暗殺やら盗みやらの殺伐とした暗い仕事ばかりのこの会社、たまの休息を心から楽しむということは少し無理だったが、時折見せるその笑顔は間違いなく心からのものもあっただろう。 「もうここまで来たら雪とか降っちゃわないかしらねーぃ!」 ケーキを口いっぱいにほうばったMr.2が、窓辺により、夜空を見上げた。 「降るわけなかろうガネ…ここは砂漠だぞ」 「降らなくていいんだよあんなもん寒いったらないやねまったく!おお寒い!寒寒!ミス・ダブルフィンガー!もっと暖房きかせな!」 「もう部屋の温度は充分だと思うんだけど…」 「あ〜〜つ〜〜い〜〜」 「ねえ、緑茶ないの?」 「火薬茶もねェのか…ワインはどうも口に合わねェ」 「すっごーい、星キレーイ!」 いつの間にか、全員窓際に来ており、喋る度に窓ガラスが曇っている。 ミス・バレンタインの感嘆通り、その夜は素晴らしく美しい夜空で――部屋の真中にあるお星様も輝いている。 「フフ…いいわね、こんな夜も」 「…来年はどうするかな」 「あら…どうするって、あなた、やるつもりなんでしょう?」 「フン…お前にゃバレるか。ああ、もちろんそのつもりだ」 社長と副社長のこんな会話は、幸か不幸かエージェント達の耳に入ってはいなかった。 今夜は素晴らしく美しい星空で…それは、そう、まるで、幻想的に降り注ぐ雪のように、輝く星空だった。 罪ある者達にも、今夜ばかりは聖なる夜を―――― |