モルテの花なのだという。





「安らかに死ね」
 低く感情を押し殺した声が静かに響いた。
 しかし彼らにその声は聞こえているのだろうか。赤い赤い大地に横たわった数十人の男達は、その一指す ら動かす様子もなく、その巨躯からは生命のカケラすら感じられない。
 辺りには争った形跡も無く――彼らは抵抗する間もなく殺されたのだから、そんなものはある筈も無い―― 目につくものがあるとすれば、幾つもの亀裂が入った巨大な岩だけだった。
 このあまりにも荒涼とした土地に訪れる人間など皆無で、この奇怪な光景を眼にする者もいないだろう。 血にまみれた命の抜け殻達は、誰にも気付かれず、この荒野で果てていくのだ。また、誰も気に留めなどし ないだろう。民衆にとっては、望みもしていない存在である海賊の命が消えたことなど。
「あらあら。随分早く片付いちゃったわね」 
 海賊達が一人、また一人と消されていく様を、岩に腰掛けながら見ていた唯一人の女性が、海賊達の命を 一瞬で奪ったその男に声をかけた。
「さっさと任務を片付けて何の損がある」
「あら。あるわよ」
 任務の時だけだもの。
 あなたと一緒にいられるのは。
 その言葉を彼女は口にしたりはしなかった。会話は不可解な所で途切れたが、彼はその続きを聞こうとは しない。彼女もそれ以上続けようとはしない。だから、この話はこれで終わり。
「…ボスはどうしてこの海賊達を消せって指令したのかしら」
「さあな。そんなことはどうだっていい」
「『消せと言われたヤツをおれ達は消せばいいんだ』、でしょう?判ってるわ、Mr.1」
 そう言って彼女は腰掛けていた岩から降り、地に足をつけた。
 彼は何も言わず、そして二人は、示し合わせたかの様に、2分程前に来たばかりの道へ足を向けた。


 そう、判ってるの。
 あなたのことなら。


 滅多に無い事ではあるが、任務のある日は彼女の店は休みだ。
 誰もいない店内で、彼女はテーブルの花瓶に挿した一輪の花を見ていた。この花を飾った理由というのも、 我ながら馬鹿げたもので、これを飾ったその日一日中、彼女は自嘲気味な気分で過ごしたものだ。
 そしてこの白い花を見ながらいつも思うのは、彼のことばかり。
 ―――あの人には言えない事ばかりだわ……。
 そう、彼女が彼に言えない事はたくさんある。もっとも彼らの会社においては、自分の何かを曝け出すなど 罪でしかなかったのだが。それでも。伝えたいことはある。一生、伝える事はないのだろうけど。
 ―――彼とずっと一緒にいたいこと、全て、とまではいかないけれど、彼の癖や仕草なら大体は知っていること、彼への気持ち、……そして 今日、彼に死を与えられた彼らのことを、ほんの少し羨ましいと思ってしまったこと。
 ずっと、思っていた。
 この命を終える時、最期に眼にするのは彼であって欲しいと。
 彼が死を与えてくれるなら、微笑んで死ねるだろうと。
 
 …馬鹿げてるわ…。
 憂いの感じられる瞳をそっと閉じ、彼女は静かに溜息をついた。
  
 いつか私が殺して欲しいと言ったなら、あなたはその願いを叶えてくれるのかしら?

 自分でも嗤ってしまうくらい、馬鹿な願い。
 いつの頃からか、そんな思いを抱いてしまった。
 自分勝手で、浅はかな願いかもしれない。その愚かさへの罰を受けてもいい。この願いが叶うのなら。


 花が欲しい。あなたの花が。


 

 あなたの手のなかの花を、私に与えて欲しい。




 



 あなたが手にしているのは、モルテの花なのだ。





 全てに死を与える花。
 モルテの花。
  



   

 どうか私に与えてください、その花を。
 無邪気な白いモルテの花を。

 





 眼を開けるとそこは静かな自分の店で、目の前に白い花があるばかりだった。
 陽はもう沈んだのだろう。明かりをつけていない店内は、何時の間にか暗くなっていた。
 今、ここに彼がいたなら、この愚かな私を殺してくれと言っただろう。しかしこの場所に彼がいる筈も無く、 彼女と、一輪の白い花が、周りに取り残されたかの様に在るだけだ。
 何をする気にもなれず、彼女はその花を手にとった。
 ―――彼の花。無邪気な白い花。

「…馬鹿ね、私も……」
 彼女は呟き、手にした花にそっと口付けた。







 

                 
*「BWカップリング同盟」様に寄贈致しました。えり
 
                               


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