助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
誰でもいい
助けてくれるなら誰でもいいから
どうか、助けて。
むせるような潮の匂いで目が覚めた。
ぼーっとした目でベッドの横の窓を見ると全開だった。どうりで海の匂いがする筈だ。
この匂いはキライじゃないし、むしろ好きだけど、今はこの匂いに浸りたい気分じゃなかった。それに太陽の光がモロにあたしに降り注いでる。いつもサングラスをかけてるあたしには、陽の光は眩しすぎる。だるかったけど、もそもそ起きあがって窓を閉めた。
それからまたベッドに寝転んだ。
まだ部屋に残ってる潮の匂いを感じながらボーッと天井を見ていると、遠くの方から叫び声が聞こえてきた。
ベラミー達が敵船を落とすのにこんなに時間をかけるなんて珍しいな。確かに数は多かったけど、サーキースもいるんだからフツーなら
速攻でケリつけてるのに。
そう思ってから、ふと本当はそんなに時間をかけてるワケじゃないんじゃないかと気付いた。
あたしは寝てたから時間がよく判ってないし、長い間寝てたような気になってるけど、実際はそれほど時間が経ってるワケじゃないのかもしれない。
そう考えて壁に掛かった時計を見ると、やっぱりあたしが寝てから15分も経ってなかった。
どうりでまだ生き残りがいる筈だわ。でもソイツももうそろそろこの世とサイナラだろう。
相手は数が多いから、かなりの量の収穫が盗れるだろうってコトだったけど、あたしは今日は船に居残り。
普段なら喜んでついていくあたしだけど、なんとなく気乗りしなかったから、今日は観戦も参戦もせずにベッドでぼんやりしてる。
ひとりでぼんやりしてると、普段なら考えもしないことを考えてしまう。
遠くで聞こえるざわめきを子守唄に、またあたしは眠りに落ちていきそうだった。
完全に眠りそうになった時、部屋に近づいてくる足音にからだが反応して急に目が覚めた。
「おい、リリー」
ノックもせずに部屋に入ってきたサーキースは、そのままずかずかとベッドの前までやって来た。
ノックなんてあたしもしないから別にどうでも良かったけど、寝ようとしてた所を起こされるのはいい気がしない。でもあたしは寝起きの所為で笑顔はつくれなかったけど、寛大な心でサーキースを迎えてやった。
「戦利品。テキトーにとってきたから気にいらねえかもしんねェけどな」
そう言ってサーキースは宝の音のする小さな袋をベッドの横の机に置いた。
「……サンキュー……」
だるくて中身を見る気にもなれなかったけど、とりあえずお礼は言っといた。
いつもと大分違うあたしの反応を見てサーキースはちょっと肩をすくめ、
「これから戦利品分けながら飲むぞ。来るなら来るで早くこねェと、お前の取り分なくなっちまうからな」
そう言いながら部屋を出てった。
「……ドア、閉めてけっつーの」
開けっぱなしのドアを見ながらあたしはぼやいた。
今日は本当にどうかなっちゃったみたいだ。
気分が重い。
開け放されたドアから、風が入ってきて気持ち良かった。
風と一緒にみんなの声が聞こえてきた。
笑い声。
…ホントにいつも楽しそう。
何でだろう。
さっきまで気分が重い所為か、意味もなく感傷的な気分に浸ってたりしてたクセに、やっぱりこのひとりぼっちに耐えられなくなって、
重い足で甲板へ向かった。
サングラスなしで外へ出るなんて久しぶりだったから、太陽が眩しい。
「やっとお目覚めか、お姫様」
「…うっさい」
甲板では山積みの戦利品を前に、みんながお酒呑みながらあたしを迎えてくれた。
お酒だけじゃなくご馳走まで出してきてて、ちょっとしたパーティーみたいになっている。
いつもながら、スゴク楽しそう。
あたしもいつもはこんな感じなんだろう。
楽しそうに笑って。
「リリー、お前どれとる?まだ結構残ってるぜ」
「…今日はいいわ。なんかそんな気分じゃないし」
「ブッ!!!お前急に無欲になってどうしたんだよ!?気味悪ィぞ…!!」
「………」
にっこり笑いながらサーキースに酒を投げつけてやった。
笑い声 笑い声。
楽しそう、ていうか楽しいんだろう。
みんな笑ってる。
サーキースも怒りながらも、なんか楽しそう。
ベラミーなんか大声で笑ってる。
「アハハハハ、ダッサーイ」
あたしも笑ってやった。
楽しそうに笑ってやった。
長く続いた小パーティーは、眩しかった太陽が沈む頃になってやっと終わった。
あたしもお酒は呑まなかったけど、そのパーティーに居座りつづけた。
サーキースはまだベラミーと呑んでる。
「明日自分で起きてよね」
去り際にそう言って、サーキースの酔いを覚ましてやった。
あれだけ騒いでたから、部屋に帰るとその静かさが余計に感じられる。
「……ハー…」
なんとなく溜め息をついて、ベッドに倒れこんだ。
寝返りを打つと、昼にサーキースが持ってきてくれた戦利品入りの袋が目に留まった。
放っておくのも何だから、中身を見てみることにした。
袋を開けてバラバラと中身をベッドに落とすと、キラキラ光りながら指輪やら宝石やらが出てきた。
テキトーにとってきた割には結構なお宝。
明日ちゃんとサーキースにお礼言っとくかと思いながら、宝をベッドに並べた。
その時初めて気付いた。
他の宝に混ざってて判らなかったけど。
戦利品の中にはナイフもあった。
他のと同じくらいキラキラしてる。サーキースのと違って、どこからどう見てもナイフと呼べるナイフ。
これならあたしにも扱える。そう思いながら鞘を取った。
鞘よりもキラキラ光る刃。なんだか他の宝よりもずっと綺麗だった。
刃はあたしの顔がはっきり映るくらい磨かれてた。
遠くで、また笑い声が聞こえた。
サーキースとベラミーだ。
あの二人は、よく笑う。
楽しそうにしやがって。
楽しいなんて言いやがって。
あたしの中身が、全部なくなっちゃったみたいになった。
あたしの中、何もないみたい。
なんでだろう。
すごく、
すごく、
すごく、
寂しいよ。
あたしが無くなっちゃったみたいになって、
夢の中にいるみたいになって、
あたしが手にしたキラキラ光る牙が、綺麗な赤い線を描いた。
他にどうしようもなかったから、自分自身に気持ちをぶつけた。
だけど血が出ただけで、なんにもなりはしなかった。
虚しくて笑えてきた。
「……アハハ…ダッサイ……」
あたたかくもつめたくもないものが、あたしの腕を流れ落ちた。
もう一度、手にしたナイフで、さっきよりも深く赤い線を描いた。
もう一度。
もう一度。
もう一度。
「……ハ…ッ……」
痛い。
泣きたいくらい、痛い。
だけど、これは、本当はそんなに痛くないんだって、あたし知ってる。
泣きたいくらい、痛いのは・・・・・・・・・
笑い声。
また聞こえてきた。
アイツらと一緒にいるのは楽しい。
だけど、アイツらの側にいると、
フッと、
寂しくなるよ。
見てるのが、辛くなるよ。
もう一度、ナイフを思いきり腕に突き刺した。
あたたかくもつめたくもないものが、今度はあたしの頬を流れ落ちた。
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
誰でもいい
助けてくれるなら誰でもいいから
アイツらを、
どうか、助けて。
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