「………」
アイサは周囲を見まわしつつウェイバーで“雲の川”を進んだ。
大丈夫。近くに何の気配も無い。でも気をつけなくちゃ。
“声”が聞こえてきはしないか注意しつつ、アイサはウェイバーを走らせる。
“神の島”。ここがどれだけ危険な場所であるかという事はアイサもよく判っている。  カマキリや皆にいつも言われているように、下手をすれば命を落としかねない場所であるという事も。
ここは神の住む土地――その事はアイサもよく判っているのだ。けれど、“神”などアイサにとってはただ恐ろしい存在であるだけでどうでもいいものだ。 今の神はとても恐ろしいヤツで、前代の神はいいヤツだったらしいけれど、それもどうでもいいこと。どんな神であれアイサ達シャンディアにとって敵であるという事には変わりは無い。
…あたい達の故郷を奪いやがって。本当ならこんなにこそこそせずに堂々と“ヴァース”を踏めるのにさ!
“神の島”に来る度にいつも思う。本来ならこの島に住まい、“ヴァース”の上を歩いていたのは自分達だったのだ。
あいつらは排除すべき者達だ。おれ達の故郷を奪い返すんだ。
ワイパーがいつもそう言っている。アイサもその通りだと思う。あんな神様なんか要らないんだ。あたい達にはちゃんと神様がいる。いつか、この故郷を奪い返すんだ。
その日まで、アイサは時々こうやってここへ来ては少しずつ“ヴァース”を持ち帰っている。いつか、そんなことをしなくてもいい日が来るのだと判っていても、今はただ、こうやって。
「この辺がいいかな…」
持ち帰りやすそうな“ヴァース”がある辺りで、アイサはウェイバーの速度を緩め、“雲の川”からそれを眺めた。
あんまり固いと取れないからな。なるべく柔らかそうなのにしなくちゃ。
ウェイバーをゆっくりと走らせながら、アイサはじっくりと“ヴァース”を見た。
うん、この辺でいいや。そう決めてゆっくりウェイバーを停止させた時だった。
「…こんな所で何をしているのかね?」
「わっ!!」
突然空から降ってきた声。あんまりビックリしたものだから危うく“雲の川”から落ちてしまうところだった。
いけない“声”に注意するのを忘れてた…!
「…だ…!誰だ…!?」
アイサは自分の心臓が大きく音をたてるのを感じながら辺りを見まわした。
ラキやカマキリにもしもの時は何もせずにすぐ逃げろと言われているけど、あたいだってシャンドラの戦士だ。いざという時はちゃんと戦う。 武器だって持ってる。
ウェイバーのハンドルを握る手に汗が滲むのが判る。恐がるな、アイサ。シャンドラの戦士だろ。
「そう恐がるな…何をしているのかと…聞いているだけだ」
「……!」
声の主は――すぐ近くの大木の幹の上に座り、自分を見下ろしていた。面白いものでも見るような目で、自分を見ていた。
だ・誰だ…!?…ううん誰でもいい、ここにいるってことは敵に間違い無いんだ…
アイサは体が震えそうになるのを堪えて、男をにらみつけた。
「ヤハハ、へそ!そんなに恐い顔をするな、ヤハハハ」
「う、うるさい!お前だってこんな所で何してるのさ!」
「…ヤハハハ!それもそうだな!…少々退屈していてね…遊び相手でもいないものかと思って…探していたのだよ」
そう言って男は、静かに笑った顔をして、アイサを見つめた。
「…私と遊んでくれるかね?」
「ふ、ふざ、ふざけるな!お、お前敵だろ!?」
武器を取り出し、アイサは“雲の川”から男の座っている大木の幹へ飛び移った。
「あたいはシャンドラの戦士だ!!!排除してやる!!」
幹の上でアイサは男に向かって構えた。男は少しの間、自分を見つめ、そして、
「ヤハハハハハ!!結構!ヤハハ!」
愉快そうに笑った。
「…な、何がおかしいのさ!」
「ヤハハ、なかなか面白いと思ってね…そうか、遊んでくれるのだな、ヤハハ」
「遊ぶんじゃない!排除するんだ!!」
「フフ、結構結構。元気があって宜しい。…私は少しの間ここにこうしていよう。好きにするがいい」
男は微笑したまま、幹の上に座りなおした。自分から何かをするつもりは無いらしい、少なくとも少しの間は。
「…バ…バカにするな!!」
手にした武器の“貝”が刃を作りだし、アイサはその切っ先を男に向けた。
声も、体も震えているのが、自分でも判る。
微笑したままの男は、アイサを見ずに言った。
「…震えている。…誰かを刃で切りつけた事など…ないんじゃあないのかね?」
「…!」
男の言葉に、体が大きく震えた。
「まあ何にしろ…好きにするがいい。私を排除するんだろう?できるかどうかは…判らないがな、ヤハハ」
「…う…うぅ…!!」
汗が顔を流れる。武器を握る手にも汗が滲む。心臓の音がいやに煩い。呼吸が乱れてきた。何だか体が寒い。幹を踏む足も震えてきた。
コロス。コロスってどんなことだろう。恐いんだろうな……痛いんだろうな…
ぎゅっと、目を瞑った。
「………!!」
気付くと、その手が武器を捨てていた。
「…?」
「…うう…!!この野郎!!」
震える声で、その限りに叫んでアイサは―――握り拳で思いっきり男を叩いた。
小さな拳で、力の限り、――それでも、ぺちぺちと、そんな音しか上がらなかったが、アイサは必死で何度も何度も男の体に拳を叩きつけた。
「えいえい!!」
男は最初、ポカンとしていたが、やがて、その顔が見る見るうちに何とも愉快そうな笑顔を作った。
「…ヤハハハハハハ!!ヤハハ!面白い!面白いな、ヤハハハハ!!」
実に面白そうに男は体を震わせて笑った。笑い声が辺りの森に響く。
「バ、バカにするなって言ってるだろ!!この野郎!!」
アイサは益々必死になる。アイサがムキになればなるほど、男は楽しそうな笑い声を上げるのだった。
「ヤハハ、いいなあ気に入ったぞ。私もこのままじっとしているのは止めよう」
相変わらず愉快そうな笑みを浮かべたまま、男は必死でぽかぽかとやっているアイサに視線を向けた。
「…!く、くるならこい!あたい、あたいだって…」
「シャンドラの戦士なのだろう?ヤハハ、なかなか頑張った、果物でも食べるかね?」
一瞬、言われた事の意味がわからず、アイサは動きを止めた。
すぐにその言葉の意味を飲み込み、尚更動きが止まった。
「お、お前やっぱりバカにしてるのか!?か、かかってこないのか!??」
「気に入ったと言っただろう。だから私もじっとしているのは止めて、お前に頑張ったご褒美に果物でもあげようかというのだよ」
そう言った男の手から、林檎が一つ生まれた。フッ、と男の手に赤い林檎が生まれていた。次から次へと、違う果物が生まれてくる。
「…な…何やったのさ今の…お前一体…」
「要らないかね?美味い果物だが」
「い、要らないよ!!敵の施しなんか受けるもんか!!」
「コナッシュもバナナもあるんだがなあ。葡萄もあるぞ」
「…う」
アイサはほんの少し言葉に詰まった。葡萄は大好きだった。
でも、コイツは敵だ。ソイツに何か貰ってたまるもんか!
「そんなに恐い顔をするなと言うのに。私はもうお前をどうにかする気など無いぞ。ただ一緒に美味い果物でも食おうと言っているだけだ」
「べろべろべろ!!!いらないって言ってるだろ!!」
べーっと舌を出してやると男はまた笑った。
「ヤハハ、そうかそうか、残念だ。美味いのになあ」
そう言って男はバナナの皮をむき、美味しそうに食べ始めた。どうやら本当にアイサに危害を加える気は無いらしい。ただもぐもぐと美味そうにバナナを食べているだけだ。 男の横には林檎にコナッシュ、梨、桃、葡萄、それにパイナップルまで置かれている。どれもこれも本当に美味しそうだ。
「……うう…」
「食べたいのならどれでも好きなものを取るがいい。どれが欲しい?」
「………葡萄を…」
とうとうアイサはぽそぽそと口に出してしまった。
……葡萄を頂戴……
「ヤハハ、それじゃあ聞こえないぞ、もっと大きな声で」
「葡萄を頂戴!!」
「ヤハハハハハ!よしよしよくできた」
男は笑ってアイサに葡萄を手渡してくれた。たわわに実った葡萄がずっしり重い。こんなに美味しそうな葡萄は見た事が無い。
「…あ…」
ありがとう、と言おうとしてアイサは思わず躊躇った。果物をくれても、コイツはやっぱり敵だ。お礼なんて…
「礼はいいぞ。ただの褒美だからな」
男は何という事の無い様子でバナナを食べている。そう言われて口が勝手に動いた。
「…ありがとう」
そう言って葡萄を一粒もぎ取って口に入れた。
「…オイシイ!」
「ヤハハ、そうだろう?」
「うん!こんなにオイシイ葡萄食べた事無い!」
男の横に腰を下ろし、アイサは更に葡萄の粒を口へ運んだ。何て美味しいんだろう。こんなに美味しくちゃ百房食べても飽きないや、きっと。
パクパクと葡萄を食べるアイサを見て、男は相変わらず笑っている。
「他にもあるぞ。林檎も美味い」
「全部うまいよきっと!あたい今度は桃が欲しい!」
遠慮なく手を差し出すアイサを見て、男はまた笑った。そして桃を手渡してくれる。
「ありがとう!葡萄食べ終わったら食べるね!」
アイサは最早男に対する警戒心など解ききっていた。ありがとう、という言葉が素直に口から出てくる。
貰った桃を膝に置き、残りの葡萄を口へ放りこむ。バナナを食べ終わった男は、今度は林檎を食べていた。シャリシャリという気持ちのいい音が聞こえてくる。
「葡萄ごちそうさま!おいしかった!」
「それはよかった」
「桃、アンタにもあげるね。ハイあーん」
「ヤハハ、あーん」
「オイシイ?」
「当然」
「ホントだ、オイシイ!こんなにオイシイ桃食べた事無い!」
果物を全て食べ終わる頃にはすっかりお腹も膨れていた。
「あーおいしかった!ごちそうさま!」
アイサは手を合わせて男に礼を言った。結局男が食べたのはバナナと林檎と半分の桃だけで、残りは全部アイサにくれた。 男は何も言わず、相変わらずの笑った顔で頬杖をつきアイサを見た。その眼からは、男の気持ちを読み取る事はできなかった。
「…そういえば、質問にまだ答えてもらっていなかったな…こんな所で何をしていたのだ?ここがどういう場所かはまさか知らないはずは無いだろう」
「!あー!!いけね!ヤバイ!もう帰らなくちゃ!!皆に怒られる!!」
男の言葉でアイサはやっと思い出した。忘れていた。自分はここへ“ヴァース”を取りに来たのだ。村の皆にバレるといけないから“ヴァース”を取ったらすぐに帰るつもりだった。 すっかり時間を忘れていたが早く帰らなければ。アイサは慌てて幹の上から“雲の川”に停めていたウェイバーに飛び乗った。
「これは残念、もう帰るのか」
「うん!あたい皆に内緒でここにきてるんだ!早く帰んないと!!」
「そうか。なかなか面白い時間を過ごせて良かったよ、神に感謝しよう」
「あたいも!オイシイ果物ありがとう!!じゃあね!」
アイサがウェイバーを発進させようとすると、
「土産をやろう」と言って、男が葡萄を一房アイサに投げてよこした。
「うわ!あ、ありがとう!!」
「ヤハハ、礼ならいいと言っているだろう」
男は最後まで面白そうな顔で笑っていた。
ウェイバーを発進させる直前、アイサは思い出して言った。
「あ、あのね、あたいここに“ヴァース”取りにきてたんだ!内緒だよ!」
「“ヴァース”を?」
「うん!あたいの宝物なんだ、“ヴァース”は!」
「…あァ…そうか、…お前はシャンディアだったな」
そう言った男の顔は、感情の全く読み取れない、何を考えているのか判らない、そんな顔をしていた。
アイサはそんな表情は気にも留めず、いよいよウェイバーを発進させた。
「じゃあね!…あ!」
ウェイバーが勢いよく進み始めてから、アイサはふと思いついて、慌てて幹の上の男に叫んだ。
「そうだ!アンタ名前は!?あたいはアイサ!!シャンドラの戦士アイサさ!」
幹の上の男は、ほんの少し笑った様子を見せて、それから言った。
「…神さ。ここに住まう神」
そして男は立ちあがった。
「いつでも“ヴァース”を取りにおいで。また一緒に遊ぼう、小さなシャンディアの戦士」
バリッ。男がそう言った瞬間、雷鳴のような音と光があがり、男の座っていた幹の上にはもう、何も残っていなかった。
気持ちのいい音をたてて進むウェイバーの上で、男に貰った葡萄を抱いたアイサの頭の中を、男の言葉が木魂していた。
―――神さ。ここに住まう神…




「…あ!エネル様!どこに行かれていらしたのですか?ヤマ様が探しておいでに…」
「あ〜お前か。退屈だったから遊びに行っていたのだよ」
社に戻るなり心配そうな面持ちで駆け寄ってきた侍女を見て、神・エネルは面倒くさそうに答えた。
「あ…遊びに…?」
「幸運な事によい遊び相手を見つける事ができた。ヤハハ、なかなか面白かったぞ」
「そうですか…それはようございました。ですが、あの、ヤマ様が…」
侍女は、少しだけ笑顔を見せたが、すぐにまた心配そうな顔に戻った。神・エネルはそれを見てつまらなそうに言う。
「お前もあれくらいノリがよければなあ…もう少しノリをよくしろノリを!」
「え!?あ、あの申し訳ございません、わたくし…」
泣き出しそうな顔になって謝る侍女に、神・エネルは益々つまらなそうだ。
「まァよい…ヤマは何の用だ?」
「あ、あの、最近のシャンディアの動きについてエネル様のお考えを少しお聞きされたいと…」
「つまらない事を聞いてくるなあ…放っておけばよいのだシャンディアなど、…お前知ってるか」
「え、あ、何をでしょうか?」
「シャンディアはな、……どうしてなかなか面白い。ヤハハハハ!!」
「…は?あ、あの、エネル様?」
「ヤハハ、また一緒に遊ぶのが楽しみだ。ヤハハハハ」




神の住む土地からお土産を貰って帰ってきたのは、シャンディアの小さな少女だった。
貰った果物はとても美味しかった、お土産の葡萄もとても美味しかったと、少女は言っていた。








*えり*
ハイハイハイなんっですかコレ!(爆笑)
ええととりあえず補足。
★アイサが神の事を知らないみたいに書いてますが、実際どうなのかは知りません。最初は知ってるってことにしよっかなーと思ってたのですが、よく考えてみたらなんか知らないような気がしてそうしました。 もし本誌で実はアイサは神の事知ってるヨ★ってことが判ったら、この話の事は忘れてやって下さい。
★なんか神が何も無い所から果物出したりしてますが、あの方多分っていうか絶対そんな事できないと思います。そこはまあ…ネ☆(…何じゃい)
★「あーん」 キモイデス(吐血)スイマセン…(がたがた)あの、神って「あ〜〜〜ん?」とか仰りますし…イントネーションが違うだけで(略)
★「最近のシャンディアの動きについてエネル様のお考えを…」 聞かねェよそんな事。多分。すんませんテキトーなセリフなのであんまお気になさらず…
★なんか変質者と食いしんぼさんの話みたいになっちまいました。すみません…


03.2.22                                                                



小説TOP